2009.01.18

イスラエルの「一方的攻撃停止」はまやかしだ

コンピュータを開いたら、すでにパレスチナ情報センターに 「「一方的戦闘行為停止」は「攻撃継続」に等しい」 という記事が出ていたが、イスラエル政府が今朝発表したものは「停戦」と呼ぶものとはほど遠い。オバマ就任前後に、大規模攻撃をストップするという程度のもので、イスラエル軍はガザの中に駐留しつづけ、ガザの封鎖も解除されず、いつでも攻撃ができる態勢をとっている。包囲されて銃口を向けられつづけるなかに置かれ、「停戦」と言われても、ガザの住民にとっては、ほんの少しの慰めになるか、ならないかという程度だろう。

昨夜の産経新聞がけっこう鋭いことを書いていた。

「イスラエルは、エジプトを仲介役とするハマスとの停戦を回避することで、ガザの封鎖緩和など、ハマスに有利となる条項に縛られることもなくなる。また、多国籍の要員がガザとエジプト境界に配備されることもなく、今後も“フリーハンド”の状態で、ガザを支配下に置くことができる。イスラエルとエジプト、パレスチナ自治政府の3者は18日、境界管理に関する協定に調印する予定という。」( 【ガザ侵攻】イスラエル、真の狙いは「実質支配」 一方的停戦検討 より、強調は引用者による)

イスラエルは「一方的」に「停戦」という言葉を使うことによって、ハマスや国際社会が求めるガザの封鎖解除などを一蹴し、自分たちが好きなようにできるコンディションを国際社会に認めさせようとしているだけだ。

マスメディアはこれでガザ攻撃が終わったかのように、扱いをどんどん小さくしていくだろう。

けれども、ガザはボロボロにされ、食べ物にも必需品にも事欠き、多くの負傷者を抱えて、おそらくはこれまでがそうであったように、散発的な攻撃を受けつづけていくだろう。こうなると、報道もされない(それに反撃をしたときだけ、報道されるかもしれないが)。

「終わった」かのように思うのは、ガザの人びとを見捨てることだ。このことは、イスラエルの言う「停戦」などでは終わりはしない。だまされないよう、ガザのことを見つづけていかないとならないと思う。そして、伝え続けていかないと……。

イスラエルの口車に乗せられるのだけは、ごめんだ!


出かける間際なので、簡単な走り書きです。今日、行われる街頭の抗議アピールでもはっきりさせておかないとならないことを書いてみました。イスラエルの「戦争」犯罪、国際人道法違反を問うことも、今後は考えていきたいものです。

カテゴリー:ニュース | コメント 3 件 

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■ コメント&トラックバック (3 件)

[読闘]なぜハマスは攻撃続行の意思を表明しているのか?

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2009.01.18 (Sun) 22:43

イスラエル軍ガザの国連本部を爆撃、支援物資全焼

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2009.01.19 (Mon) 16:58

私たちは騙されない

コメント by :早瀬

パレスチナとユダヤの争いは2000年にも及ぶ。
私個人的には、その歴史と宗教観を学ぶことで少しは解決の糸口が見えるもしれないと思ったが幻想のようだ。

結局、国と「国」との関係は政治・外交の手段によるしかない。
イスラエルがパレスチナを占領して以来、パレスチナ人民から自由を奪い、己の政治を強制し続けている事態は、武力行使がなくとも戦争状態といえる。構造的暴力である。

パレスチナ人民にはイスラエルに対し憎悪の感情しか生まれない。
しかるに、パレスチナ=ハマスのロケット弾攻撃はやむにやまれぬ抵抗と考えるのが順当であろう。
それを口実に「自衛権」を行使とは、マッチ・ポンプも甚だしい。

イスラエル内部でパラダイムチェンジが起きなければ、これからもイスラエルはパレスチナ人民を挑発し続け、パレスチナ人民虐殺を虎視眈々と狙うことであろう。

イスラエルの一方的な「停戦」は国際世論をかわすため。
銃口はまだパレスチナに向けられている!

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2009.01.19 (Mon) 21:53

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