2006.10.08
[Photo]殺されたアンナさんへのオマージュ
殺されたロシア人ジャーナリスト、アンナ・ポリトコフスカヤさんにモスクワの人々が哀悼を捧げている写真を。


アンナさんの写真を掲げる

壁にアンナさんの写真

(以上、ラ・レプッブリカ紙フォトギャラリー、
Anna Politkovskaya, assassinata la voce critica della Russia (「アンナ・ポリトコフスカヤ、ロシア批判の声暗殺される」……生前のアンナさんの写真、殺害現場に到着した救急車などの写真)
Politkovskaya, l'omaggio dei moscoviti (「ポリトコフスカヤさんにモスクワの人々のオマージュ」……現場に花を捧げる人々、プラカードを持って集まっている人々の写真)より)
■ コメント&トラックバック (5 件)
ショックでした
コメント by :ダルヴィーシュ見習い
取材先でもギリギリの体験をしていた彼女・・・
著書によると、犯人が必ずしもロシア政府側でない
気がしますが(ロシア軍とチェチェン武装勢力
双方の利権のために住民がやられている)、
てめぇの生存必要以上の利欲のために人を殺すヤツは
サイテーでしょう。どんな状況下でも。
武器で儲けているヤツが
さらに最下層の地獄行きなくらいサイテーですが。
10/8の集いでは
イスラエル兵士の連中には
やっぱり楽しんで殺している連中がいるな、と
実感しました(綿井さんのレバノン報告より。
空軍のピンポイント攻撃の正確さで)。
また、土井さんの撮られた
イスラエル一般人のコメントが興味深かったけど
あまりのレバノン人に対する無関心さで
ショック受けました。
土井さんと古居さんにはご挨拶しました。
また臼杵さんのお話は、
現地で土井さんも言っていましたが、
本当にためになります。
自分の頭の中であやふやだったことを
ピシッとまとめてくれるので。
当日、満席でしたよ〜
(300人くらいかなあ)
2006.10.10 (Tue) 08:20
>「な」さん
コメント by :ビー
ともすると政治のうわべだけしか、私たちの意識には入ってきませんよね。それでつい思いこみを持ってしまいがちだと私も思います。モスクワでのアンナさん殺害抗議に集まっていた人たちの悲しみと怒りをこうやって目の当たりにして、私も知らなかった部分を見た思いです。
報道管制も厳しいロシアのなかで、知ることの大きさをわかっている人々のため息と怒りを感じ取りました。
隠れていて見えてこないものに鋭くなること。それを助けるジャーナリズムが必要だと痛感します。そういう意味でもアンナさんが殺されたことはあまりにも大きな損失だと感じています。
2006.10.10 (Tue) 19:26
>ダルヴィーシュ見習いさん、
コメント by :ビー
アンナさんの存在が不都合である人がやったのは確かですが、本当のことがわかる希望はなかなか持てません(殺されたロシア人ジャーナリストでまともに真相究明されたケースはないはず)。その状況がロシアの暗黒を語っていると思います。
10/8の報告会、行きたかったです。他の地方に住む人のために報告集のようなものが、なんらかの形で出たら嬉しいのですが……。どうにかならないですかねぇ。
2006.10.10 (Tue) 19:32



人間の顔 ロシアの場合
コメント by :な
写真を見せてもらって、なんというか、彼女の死そのものは、とても悲痛なのですけれど、ただ同時に、この死を介して小さな明かりを見せてもらっているような気にもなりました。自分の不明と偏見を恥じるほかないのですが、今のロシアにも、人の悲劇を悲劇として感じる人が、確実にいるということ、それを世界に伝えるメディアがいることに、今さらながら気づかされて。ごく当たり前のことだろうに、いままで、例えばこういうモスクワ市民の姿が具体的に想像できなかったのです。ちょうど、イスラエルをまっとうに批判するイスラエル人がほとんどいないのだ、と思い込むように、ぼくは、チェチェンの惨状を気にかけるロシア人はほとんどいないのだ、と思い込んでいたような気がします。(こういう考え方はぼく自身、日々無数にしている気がします。日本人、中国人、朝鮮人・・・と。)でも、こんなふうに世界の無数の片隅にいる、こんなふうな無数の人たちと、人の死を通してというところが辛いですが、でも悲しみという普遍的な感情だからこそつながりも感じるのであって、そういうつながり、あるいは普遍性を意識することはやっぱり大事だなと、自戒を込めて思います。心あるジャーナリストの死は痛恨です。
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2006.10.10 (Tue) 02:33