2006.02.21

ハッカーとフリーソフトウェアがベネズエラを救う

ベネズエラに関する英文翻訳記事を掲載してくれているブログ "Emerging Revolution in the South" さんを知って、ベネズエラで開かれていた第3回自由な知識に関する国際フォーラム〔International Forum on Free Knowledge〕に参加した方の文章を読んでいた。なぜ、ベネズエラで開催か?と思ったら、この1月からベネズエラでは新しい自由なソフトウェア法が施行され、2年間で全ての政府機関が自由なソフトウェアを使用することになるという。

米国とマイクロソフトがむっちゃ嫌がることをしてからに!ふぉふぉふぉ。)と、米国がじつは一番恐れている国かもしれないベネズエラ*がどんどん新しい道をつけていくのを楽しみながら読んでいると、「自由なソフトウェア」は今のチャベス政権にあっては、とても重大なキーであることがわかってきた。

私が知らなかっただけかもしれないけれど、チャベス政権の危機をハッカーたちが救ったことがあったのを知った。

「ベネズエラ革命はおそらくコンピュータ・ハッカーにより救われた歴史上初めての革命であり、それが政府が特に行政における自由なソフトウェアの利用の促進を大切にしている理由のひとつである。」

チャベス政権が発足して、今まで独占的に富を占有してきたベネズエラの富裕層──それは米国の政財界とも深くつながっている──はその立場を脅かされ、チャベス大統領が今まで富裕層が実権を握ってきた国営石油企業の経営に介入し始めると、軋轢は一段と高まって、クーデターまでが起こった(2002年4月)。が、チャベスを支持するベネズエラ国民の力によって、このクーデターは失敗に終わり、チャベス大統領は無事に政権の座に帰り着いた。(米国がこのクーデターの背後にいると言われているが、あまり明確にはなっていないはず)。

おそらく、この後に起こったことだと思うのだが、国営石油企業PDVSAを「私有」してきた層は、石油から得る富を多くの国民に分け与えるというチャベスへの最後の抵抗に打って出た。

「そもそもウゴ・チャベス大統領は単に国の富裕層を更に裕福にするのではなく、石油の富を使い、国の貧しい者に教育と医療計画を通じ補償をするという政綱のもと選出されたのである。国営石油企業から金を得ることに慣れていた多くのベネズエラの裕福な市民は、これに耐える気はなく、いかなる犠牲を払ってでも、それが彼ら自身の国に対する破壊行為を意味したとしても、ウゴ・チャベス大統領は去らなければならないと決定したのである。

というわけで、2002年12月に労働者を締め出すことにより、彼らはこの石油企業の閉鎖を試み、IT基盤の全てを彼らの統制の下に置くことにより、全体としての国家の石油資源を人質に取ろうと試みた。その時当座のデータとシステムが破壊されていたならば、石油の次の一滴が生産されるまでに数年掛かっていたであろう。

4千8百人の管理者のうち約200人が止まることを選び、去っていった者よりも腐敗しておらず、当時退職していた元管理者たちの協力を伴い、共に労働者たちは石油企業の救済を試みた。しかし、最大の挑戦はコンピュータの基盤であった。

当時情報工学の管理は、チェイニー〔米副大統領〕や米国務省やCIAとの政治的・商業的な繋がりでよく知られている、SAIC(サイエンス・アプリケーションズ・インターナショナル)に委託されていた。当初、締め出しの最中に、石油施設を守るためベネズエラ軍が出動されたとき、SAICの職員は彼らが攻撃を受けていると主張し、米議会がその油田を奪取する戦争権限をブッシュに与えるよう説得するため、その施設を軍が占領しているビデオを製作した。このもくろみは失敗し、SAIC職員たちは国外に逃亡したのだが、同時にPDVSAの全てのパスワードを変更し、全てのコンピュータ・サーバーの遠隔操作を持ち去った。チャベス大統領の政府が降伏すれば、彼らは数ヶ月以内に復帰すると考えていたため、コンピュータのデータを破壊せずにおいた。

PDVSAの基盤の多くはマイクロソフト・ウィンドウズを基としたサーバーの下で機能しており、マイクロソフト・SQL〔データベースを操作するコンピュータ言語〕のような専有のデータベース・ソフトウェアを使用していた。情報工学の管理者らは、石油労働者の一群が彼らの計画を挫折させることができるとは予想していなかった。他ならぬその石油労働者が、現地のコンピュータ・ハッカーと共に力を尽くすことで、重要なコンピュータ・サーバーの確保に成功し、そうすることにより石油施設を救った。」

「自由なソフトウェア革命、ベネズエラに到来」 (デヴィッド・シュガー〔David Sugar〕;2006年1月9日)より、太字は引用者による

というわけで、この試練を乗り越えた現在の国営石油企業PDVSAは、ベネズエラにおける自由なソフトウェア運動(software libre)の主要な支持者であり、第3回自由な知識についての国際フォーラムの主要なスポンサーだったというわけだ。

[訳注]より……〔1〕:ウィキペディア日本語版によれば自由(free)なソフトウェアとは「コピー、研究、変更、配付等の扱いに関して、ほとんど、またはまったく、制限が付けられていないソフトウェア」のことを指し、無償(free)のソフトウェアとは根本的に異なる。両者とも英語では「free software(フリーソフトウェア)」であり、区別がつかないが、当翻訳記事での「自由なソフトウェア」は前者の制限が付けられていないソフトウェアを指す。

この文章は(コンピュータに詳しくない)私にはちょっとわからないところもあるが、ベネズエラで進んでいる自由なソフトウェア運動と新しい国作り──ベネズエラのユニークな実験──を伝えてくれて、読んでいてワクワクした。

「知的所有権」とは反対に、「少数を更に富ませるために知識を貯蔵するのではなく、全ての人類の共通の遺産として知識を共有することを促進する、法条約とサービスを生み出す」ための「知的繁栄省」(本当の名前は知的財産独立サービス省〔Servicio Autónomo de la Propiedad Intelectual〕)という試みなど、どんなにスカッとするだろう!

そして、ワクワクするのは、これがベネズエラだけではなく、やがてラテンアメリカに広がり、貧困にあえぐ国々でも共有できるものになりそうだという予感があるからだ(じつは私たちにも!)。

ベネズエラは私が思っているよりも、もっと深いところで社会を変えていこうとしている。それがとてもわかって、読んで嬉しい文章だった!


*「米国がじつは一番恐れている国かもしれないベネズエラ」……については 「米国・福音派右派説教師、ベネズエラ大統領暗殺を呼びかけ」 にその簡単な理由の素描をしています。

[そうそう、このブログもたくさんの方々が無償で構築し、提供してくれたシステム、プログラムを使って、これまた友人が作ってくれたもの。本当にお世話になってます。そういうものを使えるというのは何とも言えない嬉しさなんだよね]

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