2006.02.16

ヨルダン渓谷と西岸を隔離する壁建設、始まる

ここ数年内にイスラエルは一方的にパレスチナとの国境を策定する──とオルメルト首相代理やモファズ国防相が宣言したのを追うように、イスラエル政府が今週の初め(13〜15日位)から、西岸地域を囲む「東側」の壁──ヨルダン渓谷に沿った地帯と西岸を隔離する──を建設し始めたことが確認され、パレスチナ自治政府は批判を行っている。

ヨルダン川西岸地区の地図 を見るとわかるように、ヨルダンに接している渓谷沿いの東の地帯は、イスラエル管理下にあるC地区とされていて(しかし、そこにもパレスチナ人は住んでいる)、とくに北側は小さな入植地が帯になって続いている。

この地域を完全にイスラエルのものとし、ヨルダンとパレスチナが接しない形にしようということの具体化が、東側の壁建設となる。壁で囲まれた西岸地区はもともとの半分くらいになってしまう。

まだ、建設の具体的な場所や様子はわからないが、ハアレツ紙(イスラエル)のアミーラ・ハス記者がヨルダン渓谷地域からのパレスチナ人追い立てを書いている。

ヨルダン渓谷の一方的な併合への道

「元から住んでいた数千人と、イスラエルが様々な理由で通過許可を出した者を除いて、渓谷からパレスチナ人の姿は消えた。ここにはこの地域に留まっているエリコの3万5000人の住民さえ含まれない。なぜなら、イスラエル軍はエリコ住民が住んでいるエリアAから北に行くことを禁じたからだ」

とアミーラ・ハスはハアレツ紙に書いた。

数キロしか離れていない場所のパレスチナ住民にとっては、親戚や友人がいようとも、仕事があろうとも、そこに土地を持っていたとしても、ヨルダン渓谷の地域に立ち入れなくなっている。

それだけではなく、ヨルダンに向かうパレスチナ人の車さえも地域から排除されたとハス記者は書いている。

「イスラエル軍はこのような[通行の]禁止は政治家たちが『渓谷は永遠にイスラエルの手にある』と宣言したことには何の関係もないと誓っている。しかし、実質的に軍はパレスチナ人を排除することに手を貸し、イスラエルへの「公式な併合」への準備をしているに異ならない」

とハス記者。

パレスチナ自治政府の上級委員会は、水曜(15日)の会議において、これらのイスラエルの領土拡張がロードマップに違反しているので、ロードマップを推進するカルテット(米国、EU、ロシア、国連)にストップをかけさせることを決定した。このようなヨルダン渓谷地域の孤立化やエルサレムの拡大、隔離壁の建設が続くことは、中東に和平をもたらさず、独立した国家を創設することを阻むと自治政府は指摘している。

この水曜日、エリコにおいてパレスチナとイスラエルの官僚がこのヨルダン渓谷地域の封鎖について話し合いを持ったが、イスラエルはこのことには反応せず、釈放された38人の元囚人を再逮捕するよう自治政府に要求しただけという最悪の結果で終わっている。

"Palestinian Authority decries Israeli takeover of Jordan Valley" より

ヨルダン渓谷地域への立ち入り禁止

こちらは実際にこのヨルダン渓谷に立ち入りが禁止された人からの証言。

ナブルス地域のナッサリア村に住むナイマ・アブ・ザハラさんは11人の子どもを持つ母親で、2005年から結婚した娘の一人と会うことができなくなったと語っている。

「インティファーダの前、私と夫はヨルダン渓谷で果実摘みの仕事をしてきました。それは日払いで、私たちは10年以上もその仕事を続けてきました。うちの村では多くがこうやってヨルダン渓谷で、生活の糧を稼いでいました。というのは、村は小さく仕事がなかったからです。日給の上に、収穫した果実ももらえたので、助かりました。

だいたい3年前にイスラエルはハムラ検問所をヨルダン渓谷の住民ではない者が通過することを禁じました。それで私たちは収入の道を絶たれてしまったのです」

ヨルダン渓谷へ働きに行けなくなった夫婦は借金して車を買い、雑貨を村へ運ぶ仕事などをしたが、それは借金を返し、生活していくだけの収入はもたらさなかった。

「私はなぜイスラエル軍がヨルダン渓谷へ私たちを行かせてくれないのかわかりません。私にはただ単に私たちを辱めに遭わせたいのだと思えます。私たちに飢え死にしてほしいのかもしれません」

ナイマさんには2003年に結婚したヒバさんという娘がいる。ヒバさんはナイマさんたちの村から、問題のハムラ検問所を越えたところにあるジフトリーク村の人と結婚した。それ以来、家族の誰もがヒバさんに会いに行くことができないでいる。孫も生まれたが、検問所を通過できないので、訪ねて行くことができなかった。ナイマさんが初孫に会えたのは出産2ヶ月後にヒバさんが里帰りした時だ。

「2週間前、娘は2人目の子どもを帝王切開で生みました。でも、私は行くことができなかった。私は検問所まで行き、兵士が私を通してくれるように神に祈るしかありませんでした。でも、そうはならなかった。私は兵士に状況を訴え、『娘に会いに行きたいだけなの。1時間で戻るのを約束するわ。保証にIDカードも預けていく』と請いましたが、許されませんでした。私は泣きながら家に戻りました。辛かったです」

[ナイマ・アリ・アブ・ザハラさん(45)はナブルス地域ナッサリヤの住民で、失業中。この証言は2006年1月26日にブツレムのSalma Deba'iによって記録された]

"Jordan Valley Takeover: The human side of the story" より


こちらはヘブロンのあたりの砂漠地帯での壁建設について・環境面での負荷を論じたもの: "New section of separation fence to cut through Judean Desert" (ハアレツ、16日付、 キャッシュ(魚拓)

"Israel excludes Palestinians from fertile valley" (ガーディアン、クリス・マクグリール、February 14, 2006)

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