2006.02.09
イスラエル、ネゲヴ砂漠4万人のベドウィンの強制移住を決定
イスラエル右派からも、パレスチナ人からも「民族浄化」だと称される事態がイスラエルで進行しつつある。
イスラエル領内のネゲヴ砂漠に住むベドウィン4万人をイスラエル政府は強制移住するという決定を下し、すでに家屋破壊が始まっている。
ベドウィンはイスラエル建国の遙か以前からこの地に住み、遊牧をして暮らしてきたが、建国後は「居住区」を定められて定住化を促され、それ以外のネゲヴ砂漠などでの暮らしは「非公認の村(Unrecognized Village)」として行政サービスを一切与えられない状況で、電気、ガス、水道、下水道、学校の設備なしに何十年と放置されてきた。
その人々をイスラエル政府は強制的に追い立てるという方針を決定した。
非公認村地域会議の発表によると、4万人のアラブ・ベドウィンをイスラエル国家安全委員会は地域から根こそぎにし、小さな「居住区」に「難民」状態にして押し込もうとしているという。
これまでも非公認の村々は何度も破壊を受け、公認されるどころか、厳しい取り扱いを受けてきたが、それを完全に取り払い、それらの人々をすでに作られている「居住区」と新たに作る「居住区」に押し込め、その代わりにユダヤ人コミュニティを作るという計画になっている。
すでに1月17日には200人の兵士と2台のブルドーザーが到着し、未公認村の家屋を破壊し始めている。
イスラエル初代大統領のデビッド・ベングリオンは「ネゲヴはユダヤ人のためのものである。アラブ人を追い出して、場所を取らなければならない」と書き残し、40年には7万から9万人いた人口を51年には1万3000人まで減少させた。53年には国連のレポートが7000人のベドウィンがヨルダンやガザ、エジプトに移送されたことを報告している(しかし、多くは密かに国境を越えて戻ってきた)。
2003年にはアリエル・シャロンが地元住民には一切相談せずに「ベドウィン6カ年計画」を経済委員会に通過させ、新たに7つの「居住区」を建設することを決めた。すでに作られた「居住区」は行政サービスもなく、貧困が蔓延し、ベドウィンたちはそこよりも砂漠に住むことを希望している。
今回の強制移住を「民族浄化」と呼ぶイスラエル右派は、「アラブ人のイスラエルからの追放の第1段階」として、この措置を歓迎している。
"Israel Announces Plan to Forcibly Remove 40,000 Bedouins from Negev"
追加2.10
ネゲヴ砂漠のベドウィンについては 「ベドウィンの土地の収奪--なお進められる国内の〈占領〉」 (パレスチナ情報センター)で、ベドウィンの耕作地をイスラエルが国有化しようとしている話が書かれたばかり。
また、イスラエルの国家安全委員会がこの件での討議を延期したということがレポートされていた──選挙前にイスラエルの政治家たちはアラブ系の票を失いたくないため、このことを荒立てたくないようだ──が、そのなかにベドウィンたちを追い立てることができる理由として、国家安全委員会はガザからも入植者を追い立てたのと変わらないと言っているということが書かれている。
"National Security Council cancels debate on demolition plan for 30 Bedouin Arab villages"
*「未公認村」としていたのを「非公認村」に改めました。
「居住区」(township)とは、アパルトヘイト時代の南アフリカを象徴するひとつの言葉だ。
「旅の間、白人地域の学校のきれいに整備された校庭や洗練された校舎にわれわれは眼を奪われた。その光景と対照的に黒人居住区の学校の校庭は荒れはて、校舎はぼろぼろで、学校の周りは高い金網で囲われていた。金網にそってところどころに新しい鋼鉄製の柱が見られたが、政府がこの柱を使って金網に電流を流す計画を立てていると信じる学生たちによって破壊されていた」
(『アパルトヘイト白書─英連邦調査団報告』笹生博夫ほか訳 現代企画室刊 より)


