2005.10.31

3年後に自宅に戻って 19歳の女性の拘留体験

ポップスター、マドンナが傾倒しているユダヤ教カバラのラビが、ゆすり(詐欺?)で有罪判決を受け、自宅禁固になったというニュースが出ている。

このラビは 昨年のマドンナのイスラエル来訪 を引き寄せた人物で、信奉者も多いが、末期ガンにかかった女性に治癒のための「聖水」と称した水を破格な金額で売りつけていた。

その額2万8000ポンド以上。お金がなくなってしまったと言ったら、女性の伴侶にこのラビのやっているカバラのセンターで働けとも言ったらしい。この女性は亡くなった。( " Madonna's Kabbala guru accused of extorting money" Independent、10.31付)

ナブルスのバラータ難民キャンプの住民で、3年間イスラエルに拘留されていた19歳のアビールさんの体験が記事になっていた。これがまたとても辛い内容だった。

「ハシャロン拘留所から釈放されて、バラータキャンプに向かっている瞬間が私の人生で最も感動的なときでした」

と語るアビール・ナダさんは、これまでの3年間を回想している。

パジャマ姿で娘が逮捕されていくのを止めようと父親が叫んでいたこと。犬をけしかけられ、眠るのを妨げられ、顔に唾をはきかけられた取り調べの過酷さ。

釈放の3週間前にも彼女はひどい目に遭っている。ハシャロン拘留所に移され、21日間に渡って、顔や頭を殴られていた。

ひどい収容状態に抗議して、面会権を取り消されたこともあった。

それでもアビールさんは獄中で勉強を続け──逮捕されたときは16歳だった──、大学入学資格試験に合格もした。

この3年間で最も辛かった体験は、彼女が拘留されている間に母親が病気で急死してしまったことだ。一緒に拘留されている仲間が、アビールさんを気遣い、面倒を見た。刑務所はこのときに1回だけ家族に電話をかけることを許した。

釈放されたアビールさんが最初にやったことは、難民キャンプの墓地に行き、母親の墓の前で祈ることだった。

「とうとう釈放されたというのは、本当に素敵なことです。でも、私は家に一歩足を踏み入れた瞬間に母を恋しく思いました。私が連れ去られて行くときに母が言った最後の言葉を今もよく覚えています。また、ラジオのローカル局のインタビューで母が拘留中の私の身に何か危害が加えられたら、それはイスラエルの責任だと言ったのも忘れられません」

ハシャロン拘留所には子どもや学生も含めて、120人のパレスチナ女性が拘留されていて、他に4人の女性がラムレ拘留所に入れられている。

"Abeer and a story of three years in detention"

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■ コメント&トラックバック (2 件)

女性の被拘束者のことを思う。

コメント by :リトル・フィドラー

この記事を読んでいるときに、とてもつらくなって、涙が出てきてしまった。アブ・グレイブ刑務所の女性の被拘束者の姿とダブりました。ああ、彼女たちは一体、どうなっているんだろう。

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2005.11.04 (Fri) 13:58

いつも思いますよ

コメント by :ビー

パレスチナには「囚人協会」(Prisoner's society)などもあり、それなりに獄中の様子は外に知らされますよね。かなり状況がヒドイとはいえ、監視の力は働いていないわけじゃない。

だけれど、イラクではそんなことは一切ない状態ですよね。だから、いっそう危機的で、本当は注視が必要だと思います。その方法がとても限られているのが、悔しいです。

いったい、どんなことが行われているのだろう?少しずつ漏れてくる情報をちゃんとキャッチしないと……。

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2005.11.05 (Sat) 01:27