2005.10.04
イスラエル、カナファーニー暗殺を初めて認める ミュンヘン事件真相も
ラビン元報道官、自著でミュンヘンオリンピック事件や暗殺作戦の真相を暴露 ミュンヘンでのイスラエル選手犠牲者はドイツ警察によって殺されていた
パレスチナが誇る作家であり、PFLPのスポークスマンをつとめていた ガッサン・カナファーニー暗殺 を、イスラエルが初めてオフィシャルに認めた。
これはイディオット・アハロノオト紙(イスラエル)が報じたもので、"The Pursue of the Red Prince"*を書いたラビン首相元報道官のエイタン・ハベルが機密事項とされてきたことを明かしたということだ。
*[note]
正確な英語タイトルは"The Quest for the Red Prince"(1983)で、2006年に早川書房から『ミュンヘン』というタイトルで邦訳が出された。エイタン・ハベルは「アイタン・ハーバー」と書かれている。この『ミュンヘン』には、ハベル自身が明かした機密事項は反映されていない。(追加 06.2.10)
カナファーニーは72年、ベイルートで車に仕掛けられた爆弾によって姪とともに殺された。この暗殺はイスラエル諜報機関モサドによって行われたものだろうと広く信じられてきたが、イスラエルがこのことを認めたのは今回が初めて。
ハベルはまた、パレスチナ人の武装グループ「黒い九月(Black September)」がミュンヘンオリンピックでイスラエル選手を人質にとった73年の事件で、犠牲になったイスラエル選手9名が銃撃戦の際にパレスチナ人に射殺されたとされてきたことが、じつは解決にあたったドイツ警察(当時は西ドイツ)の狙撃手によるものだったことを明らかにした。
「ドイツ警察は空港で待ちかまえ、パレスチナ人グループと人質たちに銃撃を始めた。誰もが人質はパレスチナ人に殺されたと信じていたが、2年後になって全員がドイツ人狙撃手に殺されていたことが判明した」「しかし、当時の首相だったゴルダ・メイヤーは報復として著名パレスチナ人を暗殺するための内閣委員会の設置を命令した」
とハベルは書いている。この暗殺のための委員会メンバーには、国防相をつとめたモシェ・ダヤンの他、2001年に暗殺されたラフバーブ・ゼエヴィ(当時観光相)などがいた。
「黒い九月」メンバーやパレスチナ人政治家はこの後、次々とイスラエル諜報機関モサドのエージェントによって暗殺されたのだが、ハベルによるとモサドのエージェントが不足し、国内諜報機関シャバクや504隊と呼ばれる軍の特殊部隊などからスカウトをしてきたという。
この報復暗殺開始から30年以上たった今でも、当時のことは機密事項になっている。
ハベルが認めたモサドの暗殺作戦の一部をまとめるとこうなる。
- 最初に暗殺されたのは「Currant man」と呼ばれていた黒い九月のメンバーで、アテネでモサドによって殺された。
- アルジェリアの作家、ムハンマド・ボディアもパリで車に仕掛けられた爆弾によって殺害された。イスラエルはボディアが自爆攻撃者を送り込もうとしたと主張している。
- ナイロビにいた黒い九月メンバーだと思われるグループ(ドイツ人2人を含む)が逮捕され、イスラエルに送還されて秘密拘留を5年間受けた。その後に彼らがどうなったかという報告はない。
- PLOのフランス代表だったマフムード・ハムシャリーはパリの家に爆弾を仕掛けられて殺された。
(他にもパレスチナのイタリア代表、ワイール・ズアイタルや、ファタハ創立メンバーの重鎮、ユーセフ・アンナジャールらがこの時期には殺されている)
ハベルは何人かはミュンヘン事件と関係なく、武装グループにも属していないにも関わらず、「誤りによって」殺されたことを認めている。
"Haber:“Israel assassinated Pal. Novelist Kanafani and other figures”" による
やっとひとつの真相が明るみにでた……。「パレスチナ人=テロリスト」というイメージを世界に定着させた一大事件、ミュンヘンオリンピックでの人質殺害がこういうことだったとは。
これからも少しずつわかってくることがあるだろうし、半永久的に闇に封じ込められていくこともあるのだろう。ともかく「本当のこと」はイスラエルについてはなかなかわからない。
スピルバーグの新作はこの事件に端を発したモサドの暗殺をエージェントを主人公に描いていくらしいが、いったいどういうふうに描かれるのだろう? →[追加]映画を見ての感想(ネタバレあり): 映画:「ミュンヘン」by スピルバーグ (06.2.12)
ちなみにWikipedia日本語ヴァージョンは ミュンヘンオリンピック事件 を、
「犯人のうち2名が用意されたルフトハンザ機を確認し、ヘリコプターへ戻ろうとした時、狙撃手が発砲。しかし弾は全員を倒すに至らず、生き残った者が応戦を始めて銃撃戦になってしまう。と書いている。このように世の中で「定説」になったことは書き換えられていくのだろうか?銃撃戦は長時間に及び、犯人らはヘリコプター1機を手榴弾で破壊、人質9名全員を殺害、さらに警察官1名が殉職するという最悪の結果で終結した。犯人側は8名のうち5名が射殺され、残りの3名は逃走を図るが逮捕された。」
■ コメント&トラックバック (15 件)
なんとも言い難いものが
コメント by :ビー
chechen屋さん、確かにわからないよりははっきりとわかったほうがいいですよね。それだけでも犠牲者たちは少しは浮かばれる。
でも、問題は残ります。
この当時はそれなりに機密事項として行われていた暗殺がいまやパレスチナでは公然と行われていること。ミサイルで殺してますから。わかっていても問題にはならないのです。
また、明らかにされたところで、それが定着していくにはまた時間がかかる。というか、無視されてしまうこと。
この典型的なケースとして、北アイルランドで起きたブラッデー・サンデーがあります。(U2が歌った、あの事件です)。再調査が行われてますが、その問題はここに書かれています。
http://ch.kitaguni.tv/u/917/todays_news_from_uk/northern_ireland/0000269668.html
2005.10.07 (Fri) 23:22
Bloody Sunday
コメント by :nofrills
ビーさん
トラバどうもです。
http://ch.kitaguni.tv/u/917/ です。
ミュンヘン・オリンピック事件がこうだったとは。。。
北アイルランドのブラッディ・サンデーも,構図としては似ている部分があるのかもしれません。事件のあったデリー/ロンドンデリーという都市は,武装したリパブリカン(IRA)の存在感が大きく,変な言い方ですが,別な見地からは「奴らを叩けば大きな成果をあげられる」というような地域で,当時の軍や警察内部で非常に汚い言葉で「奴らをぶっつぶせ」的なことが言われていたそうです。
デリーでのブラッディ・サンデー事件については日本語で書かれたページがあります。
http://www5.ocn.ne.jp/~kanebon/bsttop.htm
2005.10.08 (Sat) 01:47
「全部、見ていた…」
コメント by :ビー
nofrillsさん、Bloody Sunday Trustのリンクをありがとうございました。私も追加しようと思っていたところで。(渡りに舟!)。とてもよくまとまっていて、わかりやすいサイトですよね。
ミュンヘン事件とはそれますが、当人たちは身をもってわかっていても、ねつ造された「歴史」がはびこり、それを覆すまでにはどんな努力と忍耐と時間が必要なことか。
イスラエル建国時にパレスチナ人の身の上に起きたことなどは、特に立証されていても「ないもの」とされています。それだけでなく日常的にそのようなことは続いています。
ですから、下の言葉は非常に胸に浸みました。
以下、nofrillsさんの"todays news from uk+"より。
「だって彼らは全部見ていた。教会に行く日曜日に,武器など持っていないデモ隊に装甲車が近づいて発砲した17分間,そこで起きたことを全部見ていた。近所のドハーティさんが撃たれて倒れ,助けようとして白いハンカチを白旗の代わりに掲げて歩み出たマクギガンさんが後頭部を狙撃されて倒れるのを見ていた。
そして国家から「そんなの嘘だ。軍はテロリストに撃たれたので反撃したのだ」と言われ続けてきた。国家はまた,同じことを世界に告げ続けていた。」
2005.10.08 (Sat) 02:57
その誤りなき主人としての 西洋があった
コメント by :k-celanono
こんにちは。
アドニスの詩です。
「西と東」
歴史の埋もれた小道に沿って 延びているなにかがあった
崇められ しかし爆薬を仕掛けられているなにか
石油に毒殺された幼児を背負い
呼びこみの歌をうたういやらしい商人と連れ立って。
子どものように物乞いをし
助けを求めて泣いている東洋があり
その誤りなき主人としての 西洋があった。
地図は変えられてしまい
全世界は炎に包まれている
そしてその灰塵のなかで
東洋と西洋とは集められて
ただひとつの墓となる。
『アジア・アフリカ詩集』(高良留美子訳、土曜美術社出版販売、p.63-64)から。
同詩集にはジャブラー・イブラヒーム・ジャブラーの「亡命の砂漠にて」というとても胸を打たれる詩が収録されています。最初にこちらの方を引用したかったのですが、字数制限のためアドニスの詩だけ引用しました。
2005.10.08 (Sat) 11:21
『アジア・アフリカ詩集』
コメント by :ビー
k-celanonoさん、胸に迫ってくる詩をありがとうございました。
『アジア・アフリカ詩集』は今でも入手が可能なようですね。高良さんの訳というのにも興味が湧きました。ジャブラー・イブラヒーム・ジャブラーの「亡命の砂漠にて」もぜひ読んでみたいので、この詩集を買おうかと思っています。
2005.10.13 (Thu) 05:33
映画「ミュンヘン」を見てきましたが……。
コメント by :どとうとしや
スピルバーグ監督の良心を信頼して映画「ミュンヘン」を見てきました。
いろいろ情報が錯綜する中で、「これは史実に基づいた物語である」といっても、この映画にはわざと隠していることとか、関係者の安全のための設定変更とか、すぐ伺えるものであります。
この映画を見た中学生の頃の私だったら、「パレスチナ人は怖いのか」と思うでしょう。「黒い九月」の作戦行動を知って感激しているパレスチナ市民の姿がありました。
その一方で、イスラエルの報復爆撃その他のことでパレスチナ人が殺されているシーンが出てくる分けではなく、レバノンのベイルートでのPLO幹部のナジャール氏暗殺シーンでは、イスラエルのコマンドによって素手の奥さんも巻き添えを食って殺される場面がいきなり出てくるぐらいでした。
はっきり言って、映画「ミュンヘン」は、反パレスチナ映画になってしまった気がします。
2006.02.05 (Sun) 19:26
書いてくれてありがとうございます。
コメント by :アドゥマン
突然すみません。ミュンヘン事件のことは、かすかに記憶にありますが、詳細は知りませんでした。ついこの間、犯人グループの生き残りの人(?)が、スピルバーグ監督に対して「バランスに欠けている」といった意味の批判をした記事を見ました。
「ミュンヘン事」でざっと検索すると、”人質が全員死亡”としか書いてないものが多く、ご指摘のような、Wikipediaの記述もあります。でも、人質の方がほとんどなくなっていることを考えるとやはり、警察とか特殊部隊などによる強行突破があったに違いなく、銃撃戦の中で、人質も巻き込まれてしまったと考えるのが自然なように思えてきて、その部分を知りたいとずっと思っていました。
衝撃の真実はこんな形で、じわじわと必ず染み出していくのではないかとあたしは、思っています。
2006.02.05 (Sun) 20:52
やはり見てみないと…
コメント by :ビー
とてもリアルなシーンが多いという「ミュンヘン」に恐れをなしていたのですが、見てみないといけないかなぁと徐々に思ってきました。
どとうとしやさん、なるほどです。私も見たら何か書きますね。そういう映画がイスラエルの政策を支持する人たちからも批判されているというのは皮肉なものです。スピルバーグはかなり巨額な寄付をイスラエルに行って、映像センターなどを作っているのにもかかわらず、です。
アドゥマンさん、このラビン元報道官が書いたことは紛れもなく本当だと思うんですよ(嘘を言うメリットはないですから)。でも、「ミュンヘン」などが作られたら、きっとひとつのイメージがさらに固定されていくんでしょうね。それがいつか変わっていくのだろうか──時間がかかるのだろうなと思っています。
2006.02.06 (Mon) 02:06
コメント by :通り掛かりの者
或いは白けさせて仕舞うのかも知れませんが、ミュンヘン・オリンピック時のドイツ警察のミスに関してはイスラエルでは常識です。勿論公式にはドイツ当局も公表していませんが、数年前にイスラエルのテレビで流されたドキュメンタリー番組『9月の或る一日』はその事を扱った作品です。スピルバーグの作品はあくまで、商業的な作品でその為に玉虫色に作られています。詰まり、出来るだけ多くの人に見て貰う為に各方面からの反感を最小限にとどめようというものです。例えばイスラエル人にしてみれば、強い英語訛りのヘブライ語とヘビースモーカーというキーワードの抜けたゴルダ・メイヤーなんて、まるで中国人が演じるメモリー・オブ・芸者の様なものでしょう。悪しからず。
2006.03.20 (Mon) 02:34
いえ、まったく…
コメント by :ビー
白けたりしませんよ。わかっていたことですから。ただ、政府筋高官とか公文書ではっきりしないとこういうことは書けないですからねぇ。「通り掛かりの者」さんのコメントを見て、スピルバーグはやはり知っていたんだなぁという思いを強くしました。
ところで、「通り掛かりの者」というハンドルネームはできれば次回からもう少し固有性の高いものにしませんか?何人もの方が名乗っていらしゃるので。せっかく遠くからアクセスしてくださっているので、よろしくお願いします。
2006.03.23 (Thu) 04:36
お言葉に甘え
コメント by :通り掛かりの者1
お言葉に甘え、固有性なるものを高めさせていただきました。恥ずかしい限りです、ハイ。なるほど、スピルバーグはユダヤ人です。以前シンドラーのリストなる映画を作った"前科"もあります。だからと言って、『ミュンヘン』にパレスチナ人のデモナイゼーションを見て、その理由として、氏のアメリカ系ユダヤ人としてのアイデンティー云々というのは飛躍という感じがします。と言うのはハリウッド映画の調査力は映画制作に掛ける費用と必ずしも比例してとは限りませんし、実際(特にアジアなどの事柄に関して)いい加減です。それにスピルバーグがヘブライ語でイスラエルのテレビのドキュメンタリーを理解出来るという証拠も無いし。何にでも政治的サブリミナル・メッセージを見付けるのも面白いのかも知れませんが、あれはやはりメモリー・オブ・ゲイシャの中東版とストレートに解釈するのが妥当かと。余計なお世話でした。
2006.03.24 (Fri) 20:30
ついでに
コメント by :通り掛かりの者A
調子に乗り固有性をグレードアップ。思い出したのでついでですが、『パラダイス・ナウ』は見ました。この映画は政治的な事柄を扱っているにも拘らず政治(宣伝)性を非常に抑えており、それが成功の秘訣だと思います。(その点で欧州人共同制作者達のアドバイスが有ったと推測。)暴力的な描写など無く、人間心理を描写したなかなか良い映画でしたよ。一方であの米国の東洋人に対するステレオタイプをそのまま商業的映画にした『ミュンヘン』は4時間暴力描写のオンパレード。(私はこれはベトナムを描いた、ハリウッド映画のそれと同じ範疇と理解し、スピルバーグのユダヤ性云々の影響の拡大解釈に疑問を持つ。)あれの正しい見方は大き目のポップコーンを買って、それが無くなったころを見計らって途中で出る。丁度私の友人のクリスチャン・アラブがやった様に。(貧乏性の私は最後まで見たけど....)
2006.03.30 (Thu) 02:05



遠い日の真実・・・
コメント by :chechen屋
私のやってる方面でも、いつか似たようなことがわかる日が来るのかもしれません。
トラックバック from:
2005.10.06 (Thu) 10:17