2005.08.29

「撤退」後も封鎖に苦しむガザ

世界から2000人だか4000人だか集まってきたというジャーナリストは雲散霧消してしまったようで、今のガザの状態を報じるマスメディアはほとんどない。が、ガザにはいまだ厳しい封鎖に苦しんでいる地域がある。

パレスチナ人権センター(PCHR)が28日に出したレポートから、封鎖や逮捕の状況を。

「ハンユニスのマワシ地区では、26日に「撤退」開始以来初めて数時間ほど地区を封鎖している検問所が開かれ、食糧の運び込みが許された。しかし、パレスチナ人の通過は許されていない。この日、同地区のハイダルさん(45)は居ていいはずの海岸にいたところ、逮捕された。」

このようにすでに10日以上が経過しても、入植地に隣接した地域ではひどい移動の制限が続いている。入植地の建物の解体、軍施設の解体は続いているが、軍施設を戦車が取って代わったと人権センターは書いている。

他には

  • アル・カラーラの入植地道路近くでは、27日、イスラエル軍歩兵部隊が200メートル南へ移動し、マンスール・アル・スマイリさん宅を襲撃し、家の中を捜索した。3人の家族が屋上へ連れて行かれ、臨時軍ポストになった屋上に留め置かれた。夕方に部隊は同家から去ったが、その際に屋内に音響爆弾を置き去りにしていった。住民はひどく怯えている。
  • 27日夕方、クファ・ダロムに隣接するマアニ地区にイスラエル軍が侵入し、5家族36人を家から追い出し、路上に拘束した。その間に軍は家から家へ捜索を行い、住民ひとりを「人間の盾」として使った。
  • アル・サヤファ地区では、厳しい封鎖が続いている。25日の夕方、4人だけが食糧を運ぶために地区から出ることを許された。その前の3日間は、軍が家々を襲い、捜索を続けていた。

イスラエルに入る北のエレズ検問所、ガザの幹線を分断するアブホーリー検問所、アルメザン検問所は封鎖が2週間目に入っている。2つの検問所は夜間に数時間だけ開けられているという。

"Palestinian civilians living near Gaza settlements pay the "disengagement" bill" (Report, PCHR, 28 August 2005)より


このような封鎖は「撤退」が始まったときから行われていたけれど、「可哀想な入植者ショー」だけを報じていたマスメディアはまったく見向きもしなかったわけで、いまさら関心を向けるはずもない。が、少ない例外もある。ラファのエジプト国境の様子を書いたものなど。

AFPの28日の記事、 "Palestinians' long wait at Gaza border for Israelis to go" は、エジプトに抜けるために何時間も、ときに何日も待ち続けるパレスチナ人の姿を書いている。焼けつく太陽の下、荷物を山積みしたタクシーの長い列が続き、そこでただ忍耐強くイスラエルからの指示を待ち続ける人たちの声が書き取られている。

「入植地の「撤退」を祝う欧州の役人たちはここに来て、見るべきだ。祝うようなことが何もないってことをね」
「パレスチナの市民として、私はイスラエルではなく、自分の国家の権限のもとにあると感じてみたい。それは私たちの権利のはずだ」

まだエジプトに日帰りの旅行ができていた時代を覚えている70歳のアハマドさんはこう語る。

「2000年にインティファーダが始まって以来、私たちはイスラエルの「慈悲」のもとにいるんだ。彼らが国境は開くのか閉まるのか決める。彼らが私が出ていいのか、誰が留まるのかを決める。」

ヨルダンの親戚を訪ねる場合も、ガザの住民にとってはエジプトに抜けるこの出口(ラファ・クロッシング)を通るしか道がない。数時間ですむはずの旅行がそのために何日もかかる。ここが自由に通れる日が来ることを信じている住民はあまりいない。

なかには28年警察官をやってきて、ここ6年はこの国境で警備しているパレスチナ人のこんな声も。

「毎日、私は旅に出る人々を見ているが、イスラエルは私にエジプトに出る許可を与えてくれたことがない。そんなわけで、どうして私がガザでの占領の終わりを祝わなくちゃならないんだ?」

***

他にAFPの記事では "Gaza's children see a brighter future after Israeli pullout" …パイロットになりたい、弁護士になりたい、という夢を語る子どもたち。数キロ先に住んでいるおばさんを訪ねたいという子も。

"Gaza not Singapore, Palestinians have few post-pullout hopes" …パレスチナ人権センターのラジ・スラーニ弁護士ほか、ガザ人がみつめる希望の見えないガザの未来。「ガザはシンガポールや香港にはなれない…」

" Like many others, he is scathing about the manner in which the evacuation was presented and consumed by the world, like a Hollywood film.

"Everyone's happy about this pullout. I wouldn't be surprised if they give (Israeli Prime Minister Ariel) Sharon the Nobel peace prize," he says."(ラジさん談)

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