2005.08.27

入植地はなくなっても、土地は戻ってこない?

「ブルカ村ではお祝いはなかった」
という書き出しのレポートが届いた。ブルカ村は西岸から撤去された4つの小入植地のひとつ、ホメシュに隣接した人口4000人の村だ。なぜ、村人は苦しみの元だった入植地がなくなっても、嬉しくないのだろう?

それは変化がほとんどない。つまり、入植地として奪われていた土地が戻ってくる計画がないからだという。こんなことはどこにも報じられていなかった。土地はいったい、どうなるのか。

ブルカ村はかつては3万人の人口だったが、入植地で土地を奪われ、水資源も奪われて、多くがナブルスへ移住していった。この村が隣接するホメシュ入植地は70年代にイスラエル軍によって接収され、最初は軍基地にされた。91年に世俗のイスラエル人が入植地として移住し始めたが、インティファーダが始まってからは、道路での待ち伏せ攻撃が数回起きて、世俗のイスラエル人は立ち去り、替わりに宗教的な熱狂から移住してくるイスラエル人が住民となった。それからは村人は畑で攻撃を受けたり、脅される毎日を過ごしていた。

その入植者たちが去ったホメシュはいまや完全に閉じられている。

「まるで冗談です」
と語るのはブルカ村議会のムハンマド・アル・ラビさん。このホメシュの土地は元の持ち主の農民に戻されるのではなくて、イスラエル軍の用地に戻されるのだという。そのうえ、そのために村はさらに200ドゥナムほどの用地を接収されると予告された。

イスラエル政府は24日付のエルサレム・ポスト紙で、この軍基地としての土地使用は一時的なものだと発表しているが、その期限については何も語っていない。

村人のひとりは、最初に土地が軍用地として接収されたときにも、「一時的」だと説明を受けたと言っている。

" "I learned one thing over the years," Nizar continues while gazing across his fields. "Never trust the Israeli Army." He adds that the original military base on the hill was also supposedly temporary."

"Not so disengaged in Burqa" (Ben Granby writing from Burqa, occupied Palestine, Live from Palestine, 25 August 2005)より


日本語ではもちろん、外国の通信社もこの事実をほとんど書いていないと思う。また、「やられた〜!」という印象。たしかに「撤去はした」かもしれないが、「返す」とは言ってないといえばそうだけど。それにしてもね、巧妙だこと。単に使用目的を変えただけだったのか。

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