2005.08.15
[完成]独房から雑居房に戻されたようなもの──ガザ「撤退」
(家に戻りましたが、たくさんの記事を読みかけの状態で、後でまた書き上げたいと思います。で、さっき読んだ記事 "Disengagement diary" から印象に残った言葉を)
「パレスチナで人々の生活は確かに(「撤退」によって)変わる──それは独房での懲罰から、普通の雑居房に戻されたのと同じ程度に」
これはガザの中でも国連の配給でさえ入れないほど特別にずっと封鎖され、孤立させられてきたマワシ地区の住民について語った言葉だが、ガザ全体の状況を言い当てている。ファタハもイスラーム聖戦もハマスも「撤退」を自分たちの手柄のように語り、パレードをして祝っているが、「いったい、何を祝えるのか」という疑問は数多くの文章になって、ここ3日間に発信されている。
「これはすでに何度も書かれていることだが、シャロン首相の主席顧問であるワイグラスは『撤退は和平プロセスを終了させ、パレスチナ国家成立の可能性をホルムアルデヒドに漬けるものだ』と言ってきた。ホルムアルデヒドは死体を保存するために使うものだというのを忘れてはならない。
ガザの街路での(各党派による)お祭りは、シャロンが陸海空のコントロールをそのままに、兵士の再編をガザの縁で行って占領を続けていくという現実を正しく伝えなくしてしまう。軍事的な、行政的な効果のあるコントロールをもって、ガザの占領を保持する一方、シャロンは西岸でのコントロールを強固にしている──隔離壁の完了、いや、磨き上げさえ行い、エルサレムを他の西岸の町から切り離すことによって。
この状況はガザと西岸そしてエルサレムの人々の間に相当な距離を生み出す。「撤退」後にはガザの市民たちはガザ内の南北の行き来を自由にできるようになるだろうが、ガザの外に出ることは今まで以上に難しくなる。イスラエル軍はガザの外側にさらなる壁と溝を作り上げようとしていて[すでにガザの陸地は鉄の壁で覆われている]、この壁はリモートコントロールされた──カメラで撮った映像を元にテルアビブから操作する──車輌とセットになる。この車輌はガザに銃撃ができるようになっている。また、無人操縦飛行機もガザの上空を飛んで、いつでも攻撃ができるように備える。……
……今、ガザではすべての検問所が閉鎖され、学生、労働者、病人、ただ友人や家族に会いに行きたい人、つまり誰であれパレスチナ人は通行を止められている。だから、私たちは世界の他の場所と同じように、「撤退」の様子をテレビで見ている。私たちは毎日、エンベッド(従軍)記者たちが撮した同じような写真を見ることだろう(ガザに来ようとしたジャーナリスト4000人のうち、毎日50人ほどがガザ入りを許されている。35人はイスラエル人、10人は通信社からランダムに選ばれた者、5人は外国のジャーナリストでイスラエルが「特別な興味」を持って入植地入りを許した者となっている)。
昨日、ガザっ子はアルジャジーラが続けて流していた入植者たちの様子に何時間も釘付けになっていた。ときどきガザではその辺の路上で起こっていることが、何百マイルも離れたところで起こっているように思える。」
( "Disengagement diary" Eoin Murray15日付より 太字強調は引用者による)
◇希望と不安
「撤退」開始が始まる前のガザ住民の希望や不安は、ガザ在住のパレスチナ人女性ジャーナリスト、ライラ・エル・ハダッドが伝えている。「本当に始まるのか」という希望と不安が交錯した様子がその記事からは伝わるが、入植地近くに住む住民たちはとくに不安が大きいこともわかる。
と語っているのは、入植地に隣接したところに住むアル・マアニ夫妻。「人々は「撤退」開始をカウントダウンし始めているけれど、私らの神経はもうギリギリのところに来ているんです。「撤退」はスムーズに行かず、何か問題が起こるんじゃないか。入植者たちはとても明日出ていくようには見えない。彼らは新しい木を植えて、買い物して、車を乗り回して過ごしてます。……入植者たちが私たちの家を焼き払ったりしないか、不安がつきまといます。ここには私たちを守ってくれる自治警察もいません。これから先の数日間には困難が待ち受けているでしょう」
3つの入植地に取り囲まれ、出入りを厳しく制限されてきたシヤファ村の住民は、「撤退」に伴う封鎖に備えて、野菜や発電器やガソリンをガザ市から運び込んだ。地域リーダーは言う。
「人々は幸せで、また、非常に不安になっています。今は観察と待機の時期なのです。私たちは過去に非常に苦しめられてきました。今は未来を希望といくらかの恐れを持って見ています。いったい、ここから先、何が起こるでしょう?誰にもわかりません」
「本当の平和はあるのか、移動の自由の保障はあるのか。はっきりと「撤退」を祝うまえに何万回も私たちはこう考えるのです。……私はユダヤ人たちがこの地域を去っていく日を待っていました。私はふたたび、自分の土地を自由に動き回ることができるのかもしれません」
入植地の瀟洒なヴィラが見えるこの村では、農地が削り取られ、自分の土地で自由に耕作することもできなくなっていた。だが、まだ何が達成されるのかはわからないままだ。
( "Palestinians hopeful but anxious" Laila El-Haddad、15日付による)
◇封鎖、逮捕、攻撃は続く
「撤退」が進行しているそのさなかにも、パレスチナ人は封鎖、攻撃、逮捕で苦しめられているというレポートがパレスチナ人権センターから16日付で出された。
「イスラエルは8500人の入植者をガザから取り除こうとしているが、これは占領下にあるパレスチナ中の総入植者数425,000人のたった2%に過ぎない(東エルサレムを含む)。さらに今年だけでイスラエルは西岸に3万人分もの入植者用住居を建設している。」
だから、ガザからの一方的「撤退」は西岸での入植地拡大、エルサレム切り離し、隔離壁建設のコンテクストの中で語られねばならないとパレスチナ人権センターは書いている。
この16日付のレポートから、「撤退」開始寸前〜開始直後にパレスチナ人に起こっている出来事をいくつか。
・マワシ地区(ガザ)
今までもマワシ地区は徹底的な隔離をされてきたが、14日には地域に戻るための検問所が数時間開けられただけだった。15日にはマワシ地区の北部の住民は知らせが来るまで家から外出してはいけないと、イスラエル軍がメガフォンで通知した。2つある地域の出入り口のうち、一つは「撤退」の間ずっと封鎖され、もう一つは「人道的なケースに限り」開けられると通知されている。
3ヶ月前からいくつもの人権団体が、この地域の住民たちに緊急時のファーストエイドの訓練を行い、救急車も3台配備されている。
16日の午前1時過ぎ、ネヴェ・デカリムにいた入植者(および反対派)がこのマワシ地区の2つの区域に入ってきて、家々に投石し、家に火を着けようとした。住民たちは集まって、入植者らが去っていくまで、叫び続けた。その後、イスラエル軍がマワシ地区に侵攻し、家に押し入って家宅捜索を続け、17歳のファディ・ハデル・ゾロブを逮捕した。
・西岸の北部
4つの小さな入植地が撤去される西岸北部では、その入植地付近のジェニンからナブルス、ジェニンからトゥルカレムに通じる道路上に鉄のゲートが作られ、交通が遮断されている。そのゲート近くの工場に通う労働者たちには知らせが来るまで出勤するなという命令がイスラエル軍によって出された。
( "Despite Israeli disengagement, Palestinians continue to endure closures, arrests and attacks" PCHR、16日付による)
[人権センターのレポートにはないのですが、西岸北部の撤去される入植地サヌールの近くでは、パレスチナの村が入植者に何度も襲われています。パレスチナ人が誘拐されて、イスラエル警察が解放に尽力したりするケースもありました。他にパレスチナの子どもの誘拐未遂や、入植者たちによる家の乗っ取り脅迫などがレポートされています。 ( "Threats and worry in al-Asa’asa on the eve of Israeli disengagement" 14日付)。



紹介させて頂きました。
コメント by :hulun
ガザ撤退についての情報、とても参考になりました。内容をブログで紹介させて頂きましたが、よろしかったでしょうか。
これからもよろしくお願いします。
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2005.08.16 (Tue) 17:27