2005.08.01
「撤退」中の攻撃には大反撃をする・イスラエル軍
徐々に逮捕や侵攻のニュースが減ってきて、パレスチナは落ち着きを取り戻しているかもしれないと感じるこの2、3日。だが、ガザ「撤退」=入植地再編を巡って、気が抜けない。
先日、イスラエルの国防副大臣・ゼエヴ・ボイムが「『撤退』中にパレスチナ側がイスラエル軍に攻撃をしかけてきたら、軍はガザに大規模な侵攻を仕掛ける」と語った。2002年春に西岸でおこなった「防衛の盾」作戦と同等のものになるという。
ボイムがイスラエル・ラジオに語ったところでは、
ということだ。「入植地の撤退とパレスチナ側への反撃を同時に軍は行えない。」
「最初にパレスチナ人の攻撃を止めて、その後に計画に従って「撤退」を行うことになる」
このような大規模作戦の脅しはイスラエル軍の高官たちから、この間何度も発せられている。
実際にガザのイスラエル軍総司令官らが作戦名「Iron Fists」(直訳:鉄拳、「圧制」「過酷」などの意)というプランを立てている。それによると、ガザ北部のベイト・ハヌーン、ベイト・ラヒア、南部のハンユニスへの大きな侵攻と、5キロに渡る緩衝地帯の設置などが計画されているらしい。
しかし、今のところ、モファズ国防相は「そのような計画は政治的手続きが必要であり、パレスチナ自治政府も武装グループによる企てを阻止しようとしている」という理由で、この作戦を拒否した。
ただし、モファズ国防相もボイム副大臣と同様に、攻撃があった場合は2002年と同じような規模の大きな攻撃をすると明言している。
"Boim threatens to invade the Gaza Strip"
(これは脅しでもあるが、もし、1発でもパレスチナ側からミサイル攻撃がなされれば、とんでもない規模の侵攻が正当化されてしまう危険性がある……)
以下にさらにニュースをアップ。
8月1日あたり(日〜月)のパレスチナ関連ニュース・ガザからの労働許可証7000人分キャンセル
ネタニヤの自爆事件以来、封鎖されていたガザからイスラエルに入る検問所がやっと開けられたが、ガザの労働者7000人分の許可が取り消されたとパレスチナ自治政府は語った。
この処置についての説明はイスラエルからなされていない。結局、入国を許可されたのは2000人の労働者と200人の商売人だけだった。
しかし、ラファのエジプトへの出国では35歳以下の男子も個別に出国を認められたという。大学生、病人、外交的な派遣となるビザを持っている人はイスラエルから出国を許可されそうだ。
(ガザの経済状況はこのようにイスラエルにコントロールされている。失業率がものすごく高い中で、いきなり7000人が働き口を失うのはきつい)
・延期されてきた総選挙は1月に
パレスチナのシャース内相は、7月に最初は予定されて、延期されてきたパレスチナ評議会の選挙を1月に行う見通しを発表した。アッバス議長と各党派の調整を経て、正式な日程が決められるという。
"Sha'ath: General elections to be held in January"
・「撤退」後にビザ取得で出入国を許可するというプラン
ガザからの植民地「撤退」後にイスラエルは、ガザからイスラエルに入るパレスチナ人、反対にイスラエルからガザに入るイスラエル人に、ビザを取らせて、チェックすることを考えているとイディオット・アハロノオト紙(イスラエル)が報じた。(イスラエル人は警察から先に許可を得る)。
これにより、イミグレーション(検問所)では軍が出入国許可を裁決するのではなく、単にビザやIDをチェックするようになるという。パスポートは不要。だが、ビザの取得要件については触れられていない。このプランはモファズ国防相に示された秘密の計画の一部らしい。
(なお、これはイスラエルが考えているプランであって、パレスチナ側の意見がくみ取られているわけではない)
"Crossing between Gaza and Israel will require visa"
・バレンボイム、サイードに捧げる平和コンサートツアー中
イスラエル人の指揮者ダニエル・バレンボイムは故エドワード・サイードとともに創設したWest-Eastern-Divanオーケストラを率いて、スペインのオビエドで平和コンサートを行った。これはサイードの名誉を讃え、東と西が出会う場所としてオビエドを選び行った*演奏らしい。サイード夫人ミリアムさんも聴衆の中にいた。曲目はマーラーやモーツァルトなど。
このオーケストラは100人のメンバーの中に、38人の中東出身者、37人のイスラエル人が在籍している。ツアーはブエノスアイレス(バレンボイムの出身地)とロンドンを回り、最後に西岸のラマッラーで演奏するという。
"Barenboim gives Spanish concert for peace"
(*「オビエド」という選択の意味が不明。オビエドはアラブ側になったことのない、つまりキリスト教世界であり続けたスペインの街。上の記事には説明がなかったので、よくわからない)
・パレスチナ少年の殺害に関与した兵士が昇進した
2年前にラファの近くで15歳の少年を殺害した事件に関係して、懲戒処分を受けていた指揮官が大佐に昇進した。
この指揮官は新兵のトレーニングの後で、モラーグ植民地のあたりを行進させていたときに「攻撃を阻止する」として、パレスチナ人の人家の方向に銃撃することを許可していた。この銃撃は100発以上におよび、その結果、1人の少年が殺されていた。
"Israeli Army promotes officer linked to killing a Palestinian youth"
・空軍も「撤退」時に出動
イスラエル空軍の上官が明らかにしたところでは、ガザからの「撤退」時に空挺部隊も出動するという。このために新たに予備役からなる師団を編成しているとのこと。ヘリコプターでの参加の可能性もあるとされている。
"Aerial brigade to take part in pullout"
(どのような役目を負うのかわからないが、不気味だ)
・逮捕状況と侵攻状況
・逮捕
- 土曜夜 西岸デイル・イスティヤで4人の少年逮捕 。14歳2人、15歳、16歳の4人。逮捕理由は明らかにされていないし、どこに連行されたのかもわかっていない。
- トゥルカレムで2人 日曜日に逮捕されている。イスラエル軍はイスラーム聖戦のメンバーだと主張。
- 難民キャンプ、近郊の村で4人、トゥルカレム 。日曜朝、Nour Shams難民キャンプで1人、アッティール村で1人(18歳)、サイダ村で2人が逮捕された。サイダ村では多くの家に兵士が押し入った。
- ベツレヘム近郊の村で大学生 。月曜明け方、Obeidyeh村で、アル・クッズ大の学生が家を包囲された後に逮捕された。
- カルキリヤ東部の村で1人 日曜深夜、Kofer Kadom村へ侵攻した部隊は村の多くの家を次々と捜索し、21歳の男性を逮捕した。
・イスラエル軍による侵攻
- ジェニン西部の村に日曜日に侵攻 。Sielet al-Harithiyya村。家宅捜索が行われたが、逮捕者は出なかった。
- ヘブロン・ヤッタ村に日曜明け方侵攻 。数軒が軍事ポストとして使用され、家具などが破壊された。25人の住民が数時間に渡って拘束され、尋問を受けたが、逮捕者は出なかった。
・「うちらの家も買って」西岸入植者
西岸でイスラエルの建てている隔離壁によってパレスチナ側になってしまう位置に住むイスラエル人入植者が、次に「撤去」されるのは自分のところかもしれないので不安だから、今のうちに引っ越したいと言っている。政府に「家を買い上げて、引っ越し資金を出してくれ」と要求する人も。
"Settlers Ask Israel to Buy Their Houses"
・パレスチナ保健相、死者総数3804人と発表
パレスチナ保健相は日曜日、第2次インティファーダが始まって以来、イスラエル軍または入植者に殺されたパレスチナが3804人、負傷させられた人が34431人になると発表した。
年度別の死者数(カッコ内は子ども):
2000年 317人(87人)
2001年 599人(109人)
2002年 1177人(191人)
2003年 687人(130人)
2004年 890人(155人)
2005年 134人(45人)[7月まで]
"MOH:"3804 killed, 34431 injured since the beginning of the Intifada""


