2006.03.09

残業400時間で、会社に「ひきこもり」

友人からショッキングな話を聞いた。

「この間の会議で、とうとうある人が某部長に『残業を400時間もやって、他の人にも同じような働き方を求めるのをやめてほしい』と言い出したんだよ」

「ちょっと、待って」と私は言った。「400時間って、何の単位?」 「月単位だよ」と友人は答えた。友人の会社にいるある部署のトップがこんな働き方をしているらしい。

400時間の残業って、どういう状態かざっと計算してみる。月30日、毎日10時間ずつの残業で、300時間。土日にもさらに10時間ずつ働いて、これで80〜90時間。まだもう少し働かないと400時間にならない。

一日にして平日で18時間、土日で各20時間働くということになる。これって、どういうふうに可能になるの?

友人が言うには、この部長さんは会社の近くのホテルにずっと部屋を取っているんだそうだ。自宅にはほとんど帰らない。(ちなみに離婚していて、一人暮らし。こういう暮らしで離婚に至ったのか、離婚に至ったからこういう働きぶりになったのかは不明)。

さらに厄介なことに、この部署には似たような時間働いている人がもう一人いるんだという……。

*note 管理職で残業手当はつかないから、時間稼ぎのためにダラダラしているわけじゃない。残業分は有給に振り替えられるのかもしれないが、だいたい休みをとらないので、関係ない。

私には3日ももたない働きぶりだ。それに私の感覚では、とても仕事の効率がいいようには思えない……。どんなにアドレナリンがでまくっているんだろう?

と思ったとき、少し前に読んだ 『ビッグイシュー』 (45号 特集:ひきこもりの未来)のなかで、とてもストンと納得した言葉を思い出した。

「元気に社会生活をしている方にとっては、家にいるのは「オフ」なんだと思います。だからひきこもりがうらやましいと言うんですが、これは実際には逆です。ひきこもりというのは、むしろ「24時間ずっとオン」の、異様に不自由な状態なんですね。彼らに社会へ出ろと言うのは、強迫的なオンの上にさらにオンをしろと言うことになって、何かありえないようなものすごく無理なことを強いている」

(上記『ビッグイシュー』上山和樹さん×斎藤環さん対談より、上山さん発言、太字強調は引用者)

「24時間ずっとオン」。まったく現象としては正反対に見えるワークホリック状態のなかに、共通するものが見えた。

「会社にひきこもる」。とても乱暴だけれど、こういう捉え方をしてみることで、考えられることもありそうだという気がする。オフがなく、ずっと高いテンションで働き続ける。いわゆる「私生活」という部分が限りなくゼロに近い生活。

もちろん「家にひきこもる」のとは、だいぶ違う。まず、社会的に問題視されない(それでいいのかということはさておき…)。経済的な問題もない。悩んだり、苦しんだりするどころか、ここで取り上げたご本人などは自己肯定と自画自賛100%に安住しているようだ。それどころか、他者に対する抑圧となる。

実際に会議の場では

「他社に勝つにはこれくらいしないとダメなんだ。だいたい、僕たちの[仕事の]水準にまで達していない人たちが何を言う」

とか何とかすごんだそうだ。

このことを問題にするという勇気ある発言をした人は、子育てしながら仕事を続けてきた女性で、キャリアもあるという。この「会社にひきこもり」人間たちが部下に与えている圧迫を見るに見かねて発言したのだろう(子どもを育てながら働くような人にとって、同じような働き方は成り立たないので、この圧力を敏感に感じるんだろうな)。だけれど、会社にとってこの働きぶりは(短期的には)マイナスではないので、彼らをセーブさせる力は働かなかったようだ。

(高度経済成長期の「モーレツ社員」って、こんなふうだったんだろうか?)

とりあえず、社会的に「評価」される状態なので、問題にはならないように見えるが、この人々は本当はとても脆い、危ういところにいるような気がする。どこまでこんなことが続けられるんだろう?どこでポキッと折れてしまうんだろう?それまでにどのくらい他者を傷つけるんだろう?(──そこには、「家にひきこもる」人を作り出すということも含まれているような気がする。)

仕事に対する強迫観念にうまくフィットして(過剰適合と言ってもいいかもしれない)いるこの姿、「でずっぱり」の極限で、「ひきこもり」裏面というふうに私には思えた。このような人たち、緩やかに着地できるような地点を私たちは見つけだせるのだろうか。


思いつきの雑感だけれど、書いてみました。もっと考えていけることだと思う。→[追加」もうひとつの問題は、このような仕事の仕方に否応なく巻き込まれ、「強制」されていく場合のこと。強制されるのも辛いが、「強制」だとも感じない形での同調が起きている場合もある…。

上山和樹さんのブログ: Freezing Point

ここに

「ある語が差別的切断操作のツールとして利用可能かどうかということと、その語によってのみ扱い得る深刻な現実が存在することとは、分けて考えなければならない。」

「忘却と隠蔽」 より)

とあり、私のこの言葉の使い方も「切断操作のツール」となっている可能性を考えてみなくてはならない。

追加3.10
上山さんのブログに関連性が高いエントリをみつけた。

【熱すぎる風呂】

「「いわばこの社会は≪熱すぎるお風呂≫みたいなもので、みんなかなり我慢して入っている。 引きこもりやニートのようにそこに『入ってこれない』人たちがいるなら、『お前も我慢しろ!』だけではなく、お湯の温度を下げる努力を考えてもいいのでは」 (石前浩之氏)」

(上記より)

「入ってこれない人たちがいる」というのはその通りなんだけれど、もうひとつ、「入ってこれない」人たちがいることは「入っていても、苦しい」人もいるという考え方をして、「温度を下げる」という発想を採ることもできるなぁと考えた。

トップページインデックス | 関連カテゴリー コラム

■ コメント&トラックバック (12 件)

会社っつーのは

コメント by :ダルヴィーシュ見習い

人類の考えた「最悪のシステム」のひとつかな、と日頃思ってます。20年近く、予定を間違って?会社員やってると、ぼろぼろです(笑)。「会社論」について話し出すとグチがかなり混ざるのでやめときますが、会社によって状況が全然違うから難しいとこもありますね。でも、むかない!と確信した人は自力で早いとこ脱出すべきですね。長くやるだけ「やられて」しまう。ワーカホリックは多いですよ。自分とこ見ても。でも他者に自分と同じものを求めるワーカホリックは最低。似た上司がこっちもいましたけど、下の人間が総反発して辞めちゃいました。日本の会社も法律で「バケーション制度」を導入すべき。その期間にリフレッシュ、スキルアップを図れば、社員にも会社にもいいと思う。毎日毎日ずーっと会社だから、皆イヤになるのでは?

トラックバック from:

2006.03.09 (Thu) 09:25

年金をビタ一銭、貰わずに。

コメント by :田仁

怖い話なんですけど、仰る通りなんですけど、実際にそのレベルまで働き詰めて、年金も貰わずに定年早々(精根尽きて?!)亡くなるとかいった例をザラに知ってますのでねぇ。
そりゃ、国にとっては願ったり叶ったりでしょう。(会社も?!厚生年金だから。)
ちなみに、私の知ってる方の病名は膠原病でした。

トラックバック from:

2006.03.09 (Thu) 13:19

「会社こもり」

コメント by :ビー

「ひきこもり」が問題視されて、苦しみが理解されていないことに対して、それほど問題にならないがじつは問題だよという意識をこめて、「会社にひきこもる」という言葉を使ってみましたが、これは「会社こもり」というほうがよいような気がしてきました。

ここに書かれた例は極端なだけに、「24時間オン」の状態にいってますが、問題はここまでひどくなくても、これに近い人々が企業では蔓延しているし、評価されていたりすることだと思います。

トラックバック from:

2006.03.10 (Fri) 19:00

月に400時間の残業

コメント by :

トラックバック from:blog.tokyoace4.com

2006.03.11 (Sat) 22:58

仕事に「ひきこもり」

コメント by :adreamgoeson

うーん。非常に考えさせられました。有難う御座います。

トラックバック from:水道橋SmallCafe

2006.03.12 (Sun) 01:33

会社的ひきこもり

コメント by :MAX200時間

はじめまして。
独身で会社が好きだからこそ可能な技ですよね。
殆どの人が「ちょっと、待って」といいたくなるのではないでしょうか。
それにしても400時間というのは…

>【熱すぎる風呂】について
あと、お湯がいっぱいの熱湯の風呂に人がたくさん入ると、あふれた熱湯をお風呂の外の顧客にかけてしまう(例えば耐震偽装とか)場合もあったり。

トラックバック from:

2006.03.12 (Sun) 11:55

コメント by :

似た記事を思い出したのでリンク。
http://amrita.s14.xrea.com/d/?date=20010514#p01

出しっぱなしの人達は良くも悪くも影響力が大きく。

トラックバック from:

2006.03.12 (Sun) 20:59

勝敗という論理

コメント by :ビー

コメントやトラックバックをありがとうございます。たくさん考えたいことがあって、すぐにここでレスできそうもないです(うれしいことですね)。

残業400時間などという極端な状況ではなくても、「勝ちか負けか」というロジックが強迫的に人を覆っている場所が多い(というか、それだらけ?)のを感じています。

この論理だけが価値を持つとしたら、行き着くのはどん詰まりじゃないのか…とか考えていて、また続きになるものを書いてみたいと思っています。


トラックバック from:

2006.03.13 (Mon) 21:15

「自由をとるか、命をとるか」

コメント by :

トラックバック from:Freezing Point

2006.03.15 (Wed) 20:39

一般的な残業400時間の内訳

コメント by :終始

通常残業400時間などというのは、想定しないものなので無理は無いのですが、
「毎日何時間働く」と言う概念では400時間には至りません。
「一日中働く(家どころかホテルにも帰らない)」と言う概念が入って初めて異常な勤務時間になります。
つまり平日18、休日20ではなく土日の概念もなく、
基本毎日15時間程度働き、週2,3日徹夜するというような働き方になっているはずです。
数ヶ月体験した事がありますが、自分の体調からこのままだと自分が死ぬと言う自覚がはっきりあるにも関わらず、それをどうにかしようと言う気が一切起こらない、
自閉症とも鬱とも言えないひどい状態に陥りました。

トラックバック from:

2006.04.14 (Fri) 11:47

茹で蛙

コメント by :takeyan

間もなく茹で上がる、そんな瞬間が延々続いているのでしょうね。
私も会社では400とは行かないまでもものすごい時間の残業でした。

トラックバック from:

2006.04.18 (Tue) 02:41

休日シュキーン

コメント by :huili

コメントありがとうございました。
このままだとなんだかどんどん袋小路にハマってゆく気もするのですが、なかなか「じゃあこうしよう」と新機軸を打ち出す事もできず…。どうしたもんでしょうかねえ。

トラックバック from:iccW blog // はてな避難所

2006.04.18 (Tue) 12:14