2005.08.19
[暫定]イスラエルの言うことをちゃんと聞いてみよう──イスラエル・米国のねじれと協調
「和平交渉再開なるか?」「世界は『中東和平再生の絶好の機会』と注目」などとイスラエルの一方的「撤退」について語っている報道をあちこちで見かける。日本語だけでなく、英語の報道でも。え?いつからそういう話になったの?と首をひねる。
イスラエルは「和平」ということをじつは語ってないやん。こっちが勝手に解釈しているのではなくて、本人がそう言っているのよ。(それをこのときだけどうして無視するかなぁ…)
まずはイスラエル政府が出した「撤退計画の概要」を紹介してくれている文章から少し引用させてもらおう。
「一方的」という意味がよくわかるねぇ。相手は武器を持ってはいけない。自分たちは持って、行使していい。それどころか、陸海空のコントロールも行うという。最初からそれを宣言して行っているのが、今回の「撤退」であって、そこには和平のための合意などは一切存在しない。「イスラエルは、ガザ回廊の土地の外周部を防衛し、監視することとする。またイスラエルは、ガザの空域における排他的な権限を維持し続けることとし、沿岸海域での治安維持活動を行い続けることとする。
ガザ回廊は非軍事化される。当然、武器は一切存在してはならない。武器が存在することは、パレスチナーイスラエル間の諸合意に合致しない。
イスラエルは、ガザ回廊の内部から生じてくる脅威に対して、予防的にも、対抗的にも、自衛のための固有の権利を保持する。」
( イスラエルの「ガザ回廊からの一方的撤退」は《勝利》か? 岡田剛士さんによる)
「西岸地区にイスラエル国家の一部となるであろう諸地域が存在することは明白」だとはっきり宣言しているイスラエル政府によるこの「撤退計画の概要」については、上記の岡田氏の文章が相当触れているのでそれを読んでもらうとして、そこには取り上げられていなかった文言をひとつ出してみたい。
「…(「撤退」の)プロセスが完了した場合には、ガザ地区にはイスラエル軍、イスラエル市民の恒久的な存在はなくなる。
その結果、ガザ地区を占領地と主張する根拠もなくなる。」
(シャロン首相オフィスによる「撤退計画の概要」: The Disengagement Plan - general outline (25 January 2005)より)
ひとつ上の引用にあるように、陸海空のコントロールを保持していて、自分たちは武力を行使することができ、出入国─物流も含めて─の権限も持っていたら、ガザ内に兵士やユダヤ住民がいなくても、それは占領というんじゃないの?
国家でもなく、占領地でもなかったら、ガザはいったい何なのだろう?
(イスラエルがガザを「占領地」としたくないのは、自分たち自身も批准しているジュネーヴ条約と抵触することをおそらく避けたいためなんだろう。しかし、国連の特別報告者、ジョン・ダガード氏は、ガザ「撤退」後もガザは占領地であるというレポートを出している。*後で詳細を追加予定)
実際にこの「撤退計画の概要」を見る限り、ほんの少しの改善はあるとしても、ロードマップが目指す二国家樹立にはまったく反するものだということがわかる。和平プロセスは葬り去られている。
この「撤退」プランを考え出したと思われるシャロンの顧問、ダヴ・ワイスグラス──公私ともにシャロンの右腕となっていると言われている──がある部分あけすけに語ったインタビューから、「撤退」の思想と米国との関係を見てみよう。
◇シャロン顧問ワイスグラスは語る◇「撤退」プランが形を取りだしたと思われる2004年夏──国際司法裁判所による隔離壁への裁決が下される直前で、国際的な非難が高まっていた──、ワイスグラスはイスラエルのハアレツ紙のインタビューに応えて、「撤退」案の大元にある考えをとうとうと述べている。
まず、ワイスグラスは「撤退」プランに至った2つの要因を挙げる。
「(パレスチナには)交渉相手はいないこと」──2003年にイスラエルに来ていた米国政府の派遣団もそのことをひとりでにわかって帰っていったことを強調。アラファトは武装派の取り締まりをすると言いながら、資金援助をしていたと指摘している。 「パレスチナのテロリズムは、国家的なものではなく、宗教的なものだ」──パレスチナの大部分が「テロ」を支持していないとしても、その大部分は一部のテロリストを抑えられない。国家として満足する形を与えても、そのことでテロリズムは止められないとシャロンは発見した。というわけで、交渉はもってのほか、政治的な解決よりも前に、彼らのいうところのテロリズムを根絶することが先だという結論に達したとワイスグラスは言う。("to insist that the swamp of terrorism be drained before a political process begins")
ここでワイスグラス流のレトリックが持ち出される。
「撤退」はホルムアルデヒド*なのだ、と。ブッシュが主導した和平へのロードマップの基本原則をかなりの長期間「保存preserve」したまま、パレスチナ人との政治交渉を放り出しておけるホルムアルデヒドを「撤退」がもたらす、と。
[*ホルマリンはホルムアルデヒドの水溶液]
つまり、ロードマップでさえも完全棚上げすることを「撤退」は目論んでいるというわけだ(ここではイスラエル自身がロードマップの内容に反して入植地拡大を続けてきたことなどには触れられていない)。
だが、ワイスグラスはロードマップを自分たちが葬り去ったのではないということをしきりに強調して、レトリックを弄する。
曰く、ブッシュ大統領がせっかく提出してくださったものは、パレスチナ人のせいでスタック(立ち往生)してしまった。
曰く、現実がブッシュの処方箋に合わなくなってしまったのだから、新しい処方箋をみつけださないとならない。
曰く、しかし、ブッシュが出した処方箋の基本精神は保たれているのだ。……
さらには、イスラエルにとって状況が非常に悪かったということもワイスグラスは語っている。2003年秋になり、イスラエルは対外的にも内部的にも「浸食」されていて、崩壊しそうになっていたと言う。ワイスグラスが具体的に挙げたのは、不景気、労働党の一部とパレスチナ側が勝手に作り上げた ジュネーブ合意 が国際的に広い支持を集めていたこと、イスラエル軍のエリートたちから 占領地での任務拒否 が起こったことだ。
この状況で、ガザの入植地を手放すことがなぜ有利になるのか──インタビュアーがガザと西岸のいくつかの入植地と引き替えに、西岸のメジャーな入植地の恒久化を手に入れるのかと食い下がったが、それをはぐらかしながら、しかし実質的にはそれを肯定する形ではっきりとワイスグラスは「撤退」が目論むものを語っている。
シャロン自身が「ガザにはもう国家的利益がない」としているという率直なことばと共に、アメリカ人[ブッシュ政権]の認可のもと、「撤退」によって、すべての協議過程を凍結させるのだ、と。
──あなたの観点からは、主な成果というのは、政治プロセスを合法的に凍結したということになりますか?(インタビュアー)
「それがまさに起こったことです。「政治プロセス」ということばには概念や義務がつきまといます。政治プロセスというのは治安上のリスクも伴うパレスチナ国家の創設であり、入植地の撤退や難民の帰還やエルサレムの分割を伴うのです。それらは今、すべて凍結されています」
別なことばでは「政治プロセス」──ここでは和平交渉を指すと考えていい──を「時の丘の向こうに」追いやったともワイスグラスは言っている。ホルムアルデヒド、凍結、延期、時の丘の彼方。一切の交渉をしないということを断固として表していることばだ。「撤退」は交渉をしないために行うというのだ。
では、いつ、交渉の時が来るのか。
「……適切なやり方で、私たちは検討課題から政治プロセスの問題を取り除くことに成功したのです。そして、私たちは交渉相手がいない(here is no one to talk to)ことを世界に教え込み(educate)、「交渉相手ナシ」の認可証(certificate)を得たのです。
(世界って誰?、教え込まれた?、certificate?というツッコミは置いておき)、ワイスグラスの言うこの認可証(certificate)は、「交渉相手がいない限りでは、地勢的な現状がそのままで維持」され──つまり西岸の入植地や壁やエルサレムはイスラエルの望むままになる──、「パレスチナがフィンランドになったときになって、この認可証が取り消される」ということだ。("The certificate will be revoked only when this-and-this happens - when Palestine becomes Finland.")
フィンランド?「パレスチナ人がフィンランド人になるまで」交渉はないという表現もあるので、どうもフィンランド人は「武装していない」とか「抵抗しない」とかいう比喩として使われているらしい。(こんな比喩って適切なんだろうか……)。[→この比喩が「未来永劫ありえない」ことという意味だったらどうしよう?というのが頭を掠めた……。]
重複が多いが、決定的な発言をワイスグラスはこのようにしている。
「……私はあの悪夢を無期限に延期したのです。アメリカ人たち[ブッシュ政権]と私がうまく了解に達したことは、[和平]合意のある部分はもう完全に取り扱わない、そして残りの部分はパレスチナ人がフィンランド人になってから取り上げようということでした。私たちが行ったことの意義はそこにあります。重要なのは、政治プロセスを凍結したことです。
このプロセスを凍結すると、パレスチナ国家の創設を阻み、難民や国境やエルサレムについての議論を行わないでいられます。パレスチナ国家と呼ばれるこのすべてのパッケージ(一括法案)は、うまいこと私たちの課題から無期限に取り除かれました。これらすべては権威と許可のお墨付きです。すべてに大統領[ブッシュ]の祝福と米国両院の承認が付いています。」
論理的にはうまくつながらないが、要はガザ入植地(お金もかかってお荷物だったし)を手放すという形を取ることで、イスラエルに少しは体裁を整えさせ、米政府はイスラエルに相当なフリーハンドを与えたということなんだろう。
米国政府が言い続けている二国家解決とは、まったく違うやん。
◇米国とイスラエル、"コンディとドゥヴィ"◇「和平交渉再開なるか?」というような報道のされ方をするのは、不勉強なジャーナリストや、根拠なく前向きに見せようとする自治政府のせいばかりではなくて、根本的には米国政府の姿勢を反映したものだと思う。
ライス国務長官は、「撤退」を和平への最初のステップだと評価し、パレスチナ国家の創設に向けて、さらなる入植地撤退を促す 発言 を17日に行った。
上でワイスグラスが言っていることといったいどう噛み合うのか。
興味深いことに、ここで取り上げているワイスグラスへのインタビューは、ライスとの関係を冒頭で長いこと聞き出している。
二人がコンディとドゥヴィと呼び合い、ジョークを飛ばし合う関係だというのはどうでもいいが、問題が起こったときには毎日、そうでないときは1週間に一度は電話で話しているという。イスラエル、パレスチナで何かが起こるとコンディはイスラエルの「ドゥヴィ」に電話をかけ、事態を説明させているということらしい。それに対してドゥヴィは誠実に、率直にすべてを話し、二人は信頼関係で結ばれているという。
このような関係は2002年から続けられてきていて、2004年夏の時点までに二人は20回以上会っているとも書かれていた。そして、大事なのは、これはもちろん個人間の関係ではなく、シャロンとブッシュを代理して二人がコンタクトを取っている──それはワイスグラス自身もはっきり言明している──ということだ。
[ここにパウエル前国務長官の「パ」の字もないことには注目してもいいかもしれない。ちなみにライスの国務長官就任は2004年11月]
このような関係を築いてきたライスとワイスグラスが、お互いの方向が違うことに気づいていないはずはない。ワイスグラスは米国がイスラエルの「凍結」方針を支持していると語っているくらいなのだから。
それにも関わらず、ライスもブッシュも「パレスチナ国家の創設」ということばを何度も口にしているというのが、繰り返されてきた図式だ。これをどう考えたらいいのだろう?
私の頭に浮かぶのは、隔離壁(分離壁ともいう)に対して米国が取った態度だ。ブッシュは「壁が西岸内に奥深く入り込むのはダメだ」と批判し、人道的な問題にも言及した。しかし、国連安保理の決議では米国は拒否権を発動し、壁非難決議を潰した。国際司法裁判所の裁決時にも米国の裁判官だけが唯一反対をしている。
イスラエルは壁のルートを若干修正して、数カ所で少しだけグリーンラインに近づけた。また、アリエル入植地を囲む壁は既存の隔離壁とはつなげずに単独で建てようとしている。
それっきり、ブッシュは隔離壁が西岸内に奥深く入っていることにも、パレスチナをエルサレムのくびれで大きく二分することにもまったく触れることはない。もうすべては了承されたのだ。
どこまでが意図的なことなのかはわからない。米国とイスラエルの間にねじれがあるのか、本当はないのか。しかし、もし、お互いの意図は食い違ったとしても、ここまでの流れをみていると、結局はイスラエルが書いたシナリオが(少しの修正を施されて)貫かれていくように見える。そして、ブッシュ政権はそれでいいと思っているようだ。
そう考えると、「パレスチナ国家樹立」の掛け声だけが流れる中、今までの国連決議も、国際法上の正義も含めてすべてを既成事実で押し潰す占領の完成形が、今、作られようとしていると考えられる。
[ロードマップ自体は国連決議を反故にしている部分もあったが、それでも入植地の拡大くらいは禁止していた]
ワイスグラス・インタビューを読むと、ロードマップ主導のカルテットだったEU、国連、ロシアの姿も一切登場しないことに気づく。「撤退」そのものも一方的なら、米国だけを世界の代表として取り扱っている状態も一方的だ。
◇もし、パレスチナ人が武装を解いたら…◇ワイスグラスは政治プロセス──国家樹立への交渉──への復帰は、パレスチナ人が「フィンランド人になった」ときだという。
しかし、ハマスはすでに「占領が終結するまで武装を解くことはない」と宣言を出している。各党派の武装組織がもし武装を解くことがあったとしても、囲い込まれ(ガザ)、寸断されて(西岸)、経済的にも立ちいかない中で暮らすパレスチナ人が、占領への抵抗を完全に終結させるときが来ることは考えにくい。イスラエルの言う「テロリズム」の定義が明確でないなか、パレスチナ人の抵抗はすべて「テロ」と位置づけられる可能性もある。
実際に「撤退」後に、イスラエルが今までのような侵攻を行い、武装派を摘発することをエスカレートさせていくのか、どうかはわからない。ただ、それなりに攻撃をしつつ、武装解除をさせられない自治政府を非難し続けていくことも考えられる──それはワイスグラスのいう「無期限に交渉の席につくことはない」状態を延ばしていけることだから。
「……(「撤退」は)パレスチナ人をとてつもないプレッシャーのなかに置くでしょう。彼らはいたくない場所に追い詰められるのです。真剣さを証明しないとならない状況に追い込まれます。もう言い訳はできないのです。彼らを生活をダメにするイスラエル兵もいませんし。
そして、初めて片端からもう片端までフェラーリで競争することができる連続性をもった一片の土地を手に入れるのです。世界中が彼らをみつめます。私たちじゃなくて、彼らを。全世界がその土地の切れ端でパレスチナ人が何をしようとするかを問うでしょう」
一方的「撤退」は、相手を身動きが取れない状態にまですることの別名でもあったということがわかる。「撤退」が世界に持つ効果を勝手に予測し、パレスチナ人を袋小路に追い詰める気分になっているこの発言をみると、「撤退」にパレスチナ人も他の世界も乗らないでいることが大事だということも見えてくる。
この「撤退」の枠組みに乗って、武装解除をしたとしても──武装解除そのものは悪いことだとは思わないが──、イスラエルははっきり西岸の主要な入植地は、イスラエル国家の一部だと宣言をしているのだ。
今月初めにも、米国は西岸の入植者24万人のうち、 18万人分の入植地をイスラエルの大事な一部として認めている というシャロンの発言が報じられた。(たぶん、東エルサレムの入植地は除いての数だと思われる。言及されているのは、拡大エルサレム全域、 マアレ・アドミウム 、グッシュ・エツィオン地域、アリエル入植地群となっている。)
このことは2004年夏のワイスグラス・インタビューでも既に語られていた。
「……大きな入植地群について言えば、「撤退」プランのおかげでそれらの入植地がイスラエルの一部であるという、アメリカによる史上初の声明を我々は手にしました。
何年も経って──それはたぶん10年や20年後かもしれないが──イスラエルとパレスチナ人たちとの交渉が開かれるときに、世界の主人(the master of the world)はテーブルをドンと叩いて、そして言うんです。
『我々はもう10数年も前に大入植地群はイスラエルだと宣言したんだ』、と。」
こんなことが既に決まっているのなら、そこに和平への道がないこともまたハッキリしている。
(暫定アップ)
大入植地群がそのままイスラエルのものとして固定されたら……(それが国際法上、認められていない行為であることは言うまでもないが)、西岸は半分近くになるだろうし、土地そのものが完全に分断される。マアレ・アドミウム入植地ひとつでも、国家を作ることは無理になる: 「存続可能なパレスチナ国家の終わり」
ワイスグラス・インタビュー: "Weisglass: Disengagement is formaldehyde for peace process" (ARI SHAVIT Ha'aretz Magazine, 8 October 2004)
(ワイスグラス・インタビューも「撤退計画の概要」も、もっと指摘すべき場所があるが、今回はこれで限界。何日もきちんと時間をかけられればいいのだけど)


