2005.08.03
釈放された二人 ─イラクとパレスチナで
と書かれたサインを持って、多くのパレスチナ人が隔離壁に対する抗議に参加したのは先週の金曜のことだった。 アブダッラー・アブ・ラフメは、西岸のビリーン村における壁に反対する委員会の有力メンバーで、2週間ほど前に逮捕されていた。いったい、何の罪だったっけ?そうそう、イスラエル兵士らを襲ったとか、何とか。実際にその時の映像には、アブダッラーさんが殴られている様子しか映ってないのだが、それでも「襲った」ということなのだ。「私はアブダッラー・アブ・ラフメだ」
村人や支援者は「私はアブダッラー・アブ・ラフメだ」というサインを掲げて、アブダッラーさんへの連帯を示し、釈放をアピールしていた。
1日、アブダッラーさんは3週間ぶりに仮釈放されて村に戻ることができた。とは言っても、1万シェケル(約27、8万円)の保釈金を払い、(判決まで)「デモに参加しない」という条件つきでの釈放だ。(保釈金の3分の1はイスラエル人の友人たちが出した)。
とレポートにあったが、まさにそのとおり。それでも条件を満たさないとパレスチナ人は自由になれない。「これら、すべての条件は馬鹿げている。アブダッラーは自分の土地の上を歩いていただけなのに」
(まったく無実の罪で捕まった人もほとんどは保釈金を払って、釈放してもらっている。そのお金が払えないと収監され続けることもある。まるで身代金のようだ)
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アブダッラーさんは、 非暴力の抵抗を作り上げようとしているビリーン村 のリーダーの一人として今や有名人であり、メディアの注目も大きい(パレスチナだけでなく、イスラエルにおいても)。それでもこれだけのことが行われている。
無名のパレスチナ人たちの身の上に起きている不当逮捕、拷問、ひどい状態での収監はあまりにも当たり前になっていて、ほとんど注目もされないが、ここ2週間で拷問により失明した青年と、医療を受けられず獄死した青年のケースが報告されている。
[参考: 逮捕される数週間前にアブダッラーさんがイスラエル諜報機関から受けた尋問「ここには法は存在しない」 ]
でも、このパレスチナよりイラクのほうがさらにひどい状態だということを残念ながら言わないといけない。逮捕の無差別性、拷問の過酷さで数段ひどい状況になっている。
それをはっきり感じたのは先日、イラクの秘密警察に逮捕された 大学生ブロガーのハリードさん が自分の逮捕された状況や尋問、ともに収監されていた人々について書いた手記を読んだからだ。
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ハリードさんが逮捕された理由は、兄であるラエドさんのブログをネットで読んでいたからだというのがわかった。はぁ〜……と読んでいるこちらも脱力してしまうが、本人はそれでワケの分からない場所に連行され、殴られたりしたのだからたまったものではない。
ハリードさんはうまく自分自身への嫌疑を晴らし、釈放された。が、ハリードさんが書いた獄中で一緒になった人々の身の上は、あまりにもえぐいものだった。
「マイサムとナソム(Maysam and Nathom)の場合:
20代の兄弟で非常に貧しいが,目を見張るくらいの美形だ。もしアラブ版ハリウッドがあれば,この兄弟はきっとトム・クルーズとブラッド・ピットになってるだろう。
投獄されている間,僕は2度泣いた。1度はナソムが尋問を終えてトイレに来たときだ。僕はトイレに入っていたのだが,彼が激しく泣き始め,あいつらがあんまりひどく殴るから,兄が300人殺して車も何台も盗んだと言わざるを得なかった,と言った。
ナソムがトイレに入ってきたのは,かれらがマイサムにこれらの犯罪を自白させるために拷問し始めたときだった。僕は房に戻り,数分間泣いた。ひどすぎる。あまりにアンフェアじゃないか。
その夜,僕たちはそれをネタにジョークを言った。僕たちはみんな「テロリズムの専門家」ってことになっているよね,1本の刀で50人まで殺せるよね,とあらば,マイサムはどんだけ刀を使ったんだろう,それともチェーンソーでも使ったのか? じゃなければ自分の手で300人を殺せる人間なんかいるものか,って。
そう,僕たちは,拘置所で,そんなジョークを言った。こんなに馬鹿げた状況であれば,ジョークにすることを覚えてしまう。
尋問官はナソムに「じゃああいつは300人殺したんだな?」と言った。 「はい,その通りです」とナソムは答えた。尋問官は供述を書き取った。
「で,オペルの車を盗んだんだな?」
「はい,その通りです。」
「黄色いやつか?」
「はい,その通りです。」
すると尋問官はペンを置き,「きさま,この大嘘つき,戦争以来2年以上になるが,俺は黄色いオペルなんか一度も見たことがないぞ」。
(これは本当。どういうわけか,イラクにあるオペルはグレーばっかりで,中には黒とか青のもないことはないが,いずれにしても黄色のは皆無!)ナソムは逆さまにぶら下げられて殴打され,そういう尋問が行なわれた。
僕は釈放されたが,彼ら兄弟はまだ獄中だ。」
( Khalidが語る「こんな状況でした」……その5 より)
これはハリードが書き留めた、彼が獄中で一緒だった人たちのうちの一例。そして、これが「解放された」はずのイラクの姿。
この兄弟二人のことだけでも胸がえぐられるのに、どれだけの人たちがこのような目に遭っているのか。
たまたまヒドイ警官がいて運の悪い人が恐ろしい目に遭っているのではなく、これは占領のなかで起きている構造上の問題だ。アブグレイブは今もなお続いている。
ハリードからのこのような言葉に応える道を私は探したい。
「神様,どうかあのような大きな不正義のもとにある人々をみな解放し,家族や友人たちのもとに返してください。私たちは,必ずそうなるよう,私たちにできることをします。これを読んでいるあなたの助け,人権団体からの法的な助けや支援も大いに感謝しお受けしたいと思います。逮捕されている人々,占領されているイラクで毎日逮捕されつつある人々にいくらかの権利を得るために,私たちにできることはすべてやらなければならないのです。」
ハリードの体験はこちらから順に1〜5を辿って読めるようになっています: Khalidが語る「こんな状況でした」……その1


