2005.07.17
「ラップはオレたちの抵抗の武器だ」パレスチナ人ラッパー
とエミネムのような出で立ちで語ったというガザのパレスチナ人ラッパーの話を読んで、けっこうびっくりした。ガザ?ガザでラップ?ガザからそういう話が聞こえてきたのは初めて。「オレたちは金持ちや有名人になりたくて音楽をやっているんじゃない。パレスチナで生きるってことがどういうことなのか、世界に知らせたいんだよ」( "A wall as a faultline separating the haves and have-nots" より)
「ラップは占領に抵抗するためのオレたちの手段だ。オレたちの武器なんだ」
これに続いて、イスラエル内のパレスチナ人(イスラエル・アラブ)のヒップホップバンドDAMの記事を読んだ。
「オレたちはイスラエルの黒人なんだ」
「ゲットーあるところ、ヒップホップあり」 ("Where There's the Ghetto, There's Hip Hop")と題された文章でのインタビューがとても面白かったので、少し書いてみたい。
DAMは98年から活動を開始したイスラエルのパレスチナ青年ヒップホップユニットで、フランスのアルジェリア人グループMBSとともにヨーロッパで録音したりしている。イスラエルでの本拠地は、パレスチナ人が多く住むリッダ(ロッド)だ。正式名は"Da Arabic Microphone Controllers"。リーダー格のタマルはインタビューで活動を始めたときのことをこう語る。
「(米国の伝説的ラッパー) 2PAC (トゥパック)を聞いたことから、始まったんだ。彼が歌っているのは、オレたちの現実だって気づいたんだよ。リッダのゲットーのようなところじゃ、サイアクのことばかりだろ。オレたちはイスラエルの黒人なんだ。そりゃ、ここじゃ人種や肌の色の問題じゃない。宗教の問題で、それはオレたちが同調したいことでもないんだ。オレたちは1948年のパレスチナ人*。平等を要求している。それだけさ」
[*1948年の…1948年以前からここに住んできた、つまりイスラエル建国で追い出されずに踏みとどまったパレスチナ人の意味]
イスラエル内のパレスチナ人は人口の20%を占め、いちおう市民権は持っているが、実質的にはあらゆる差別に遭い、イスラエル社会の底辺を生きている。イスラエル社会ではつねにこの「イスラエル・アラブ」の追放論が存在している。
タマルはイスラエルが「イスラエル・アラブ」と呼ぶ自分たちイスラエル内のパレスチナ人のことをこう語る。
「オレたちは肉体的にも精神的にも占領されて生きているんだよ。みんな引きこもって、無気力になっている。抵抗もしないし、そのことを考えることすら諦めてる。オレたちの親の世代はヒドイね。恐怖と無気力に呑まれている。シャバク[イスラエル国内諜報機関]を恐れて、政治から離れていたいのさ。オレらはこんな状況を受け入れない。ものごとに揺さぶりをかけたいんだ。
オレらは見たことを歌うんだ。オレらが直面している暴力、屈辱なんかをね。本当の意味での啓蒙といったことだと思うよ。何をしろなんて歌いたくない。みんな、たくさん見ていて、よく知っているんだよ。オレらはみんなに鏡を与えることで、自分自身で考えてもらいたいのさ。自分の力を発揮して欲しいんだ」
DAMはアラビア語だけでなく、ヘブライ語でも歌う。それは大事なことだとタマルは言う。
「オレらは自分たち自身を啓蒙しないとならないけど、もう一方の人たちについても同じなんだよ。ここで起こったことを彼らユダヤ人は知らないか、知りたくないんだ。オレたちは 48年に起こったこと 、自分の土地にいて難民になったことを歌う。それは彼らにとって聞きたくないことなんだ。イスラエルの新聞で何人かがオレらをシャバク[国内諜報機関]に追わせるべきだとか、オレらがテロリストだってさえ書いているって知っている?本当のことを言ったからといって、人につけ回されるなんて悲しいことだね。オレの疑問は誰がテロリストなのかってことさ。自由のために闘っているオレら?それとも、オレらパレスチナ人をこんな滅茶苦茶な生活に追い込んで、最終的にはオレらを消し去りたいと思っている連中?どっちなんだ?」
DAMは、自分たちが抵抗の音楽の伝統に立っているとしながらも、ヒップホップは広く世界的な潮流でもあるという。西欧社会から広がって、アフリカに行き着き、アラビア世界ではフランスのアルジェリア人が最初に歌ったという。イスラエルのパレスチナ人が歌い始めたのに続き、さらにアラブ世界でラッパーは増えているそうだ。
「今じゃ、ラッパーやヒップホッパーは、ジャバリヤでもハンユニスでもラマッラーでもジェニンでもいるんだよ。村でマイクを持って語っている若い子はどこにもいるんだ。シリアにもいるって聞いたことがあるよ。レバノンから来たバンドとオレらはツアーをしたんだけど、来週にはラマッラーとデヘイシャ(難民キャンプ)でも演奏するんだ」
ガザのジャバリヤやハンユニスにも…。冒頭で書いたガザのラッパーはこういう動きの中にいるんだなぁ。
やはり、「お年寄りには奇妙な音楽に思われている」とタマルは言っている(そりゃ、そうだろ!)。だけれど、だんだんと歌詞のおかげで受け入れられているんだそうだ。( DAMの公式サイト によると、彼らの音にはかなり中東的な旋律が入っているらしい(試聴できるけど、まだ聞いてない)。残念なのは歌詞がアラビア語でしか載っていなくて、全然わからなかったこと。ラップやヒップホップって、言っていることがわからないとつまんないもんなぁ…。)もうすぐファーストアルバムもできるらしいので、注目を。パレスチナ人ラップ、ヒップホップのレーベルなども始動させるとか。
インタビュー部分は 「ゲットーあるところ、ヒップホップあり」 ("Where There's the Ghetto, There's Hip Hop")による。こちらにもDAMの写真は載っているが、 DAMの公式サイト にはさらにたくさん。
DAMの出発点となった2PACのことを調べてみたら、こちらにもびっくり。母親はブラックパンサーの活動家。犯罪にまみれて生きながら、黒人たちが生きている底辺の人生をそのまま歌った。ラッパーとして栄光をつかみながらも、最後は銃弾を浴びて25歳でこの世を去った。ジャン・ジュネが生きていたら、絶対に書きそうな青年だ。日本語での2PACアンオフィシャルサイトはすごく凝っていて、よくできている。歌詞もたくさん訳されている: the unofficial Tupac Website
追加2005.10.4
このDAMも登場する2006年完成予定のパレスチナ・ヒップホップグループのドキュメンタリー: "パレスチナから「スリングショット・ヒップホップ」!"
■ コメント&トラックバック (5 件)
パレスチナのラップ!
コメント by :ヒデヨヴィッチ上杉(ジェロニモレーベル)
当然というべきか、やっぱりあったんですね! 試聴しましたが、コレはぜひじっくり聴きたい。CDはいつ出るんでしょうか?
/ジェロニモレーベル http://www.gernm.com
2005.07.20 (Wed) 09:04
音も面白かった!
コメント by :ビー
自分で書いておきながら、バタバタしまくっていて、試聴してなかったけど、一昨日くらいにやっとDAMの音を聴いた。思った以上にアラビックな旋律が絡んでいて、面白い!!私もじっくり聴きたいです>ヒデヨヴィッチさん。
それにしても歌詞は知りたい。知りたいぞ〜。
CD発売の情報は探ります。
2005.07.20 (Wed) 14:43



俺の歌を聴けー
コメント by :
トラックバック from:YEAH
2005.07.20 (Wed) 00:56