2005.02.27
この非対称が……
痛ましい事件がまた起きてしまった。テルアビブのディスコ自爆で、犠牲になった方は4人。50名ほどの負傷者のなかに重傷者は10数人。ただ、記事にさえもならないが、パレスチナではこの「停戦」の間にもそれ以上にイスラエル軍の犠牲者は出ている(数比べをしたいわけではないのだけど)。
昨日はカルキリヤの16歳の少年が1月26日のイスラエル軍の侵攻のときに受けた怪我によって死亡した。また、ヘブロンでは14歳の少女がイスラエル兵士に胸を撃たれて、重傷を負った。
昨日のヘブロンでは極右の入植者たちが住民やジャーナリストに暴力を振るい、イスラエル兵士は旧市街を包囲し、とくにイブラヒームの墓付近を封鎖していた。14歳の少女はイスラエル兵を襲おうとしたために撃たれたとイスラエル軍は主張しているが、目撃者によると、兵士に身体検査をされそうになった少女は身体を触られることを嫌がって逃げようとして、撃たれたという。胸などに至近距離から6発の銃弾を受けた少女は地面に倒れたときには、大量の出血をしていたという。
この少女はイスラエル兵士たちにどこかわからない場所に連れ去られた。(以上、IMEMC Newsによる)
他にもナブルスと周辺の村の封鎖強化、イェリコ近くでの外出禁止令発動、検問所での拘束、ハンユニスへの砲撃、たくさんの逮捕作戦…と状況は「停戦」前と変わりがない。
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新聞には「停戦崩壊の危機」という類の大きな見出しが(英語でも、日本語でも)踊っている。「自爆攻撃が停戦をうち砕いた」という表現をしている報道ばかりだ。ここにはすでに「イスラエルの側から見ての停戦」という視点しかない。この非対称性がパレスチナ人の置かれた位置を表しているんだなぁとつくづく思う。(→この報道について、LAタイムズに電話をしてみた人の文章紹介: 「「比較的穏やかな」とは?─LAタイムズに電話してみる」 )
「停戦」でもパレスチナ人は殺されるし、それは問題にはならない。この構造を変えないと、平和は来ないよね。


