2004.10.26
新しい日のために…(いろいろ文章紹介)
気分が悪くなるニュースのほうが圧倒的に多いのだけれど、イイことだってあるよ、というわけで、いくつかの文章を紹介(自分のメモもかねて)下の2つはイラクのジャラール家関連。
痛快だったのは、TUP速報が届けてくれた 「子どもの声こそ米国有権者の真実の姿を示している!?」 。子どもたちへの世論調査で、子どもはブッシュよりケリーを推しているという。パレスチナに関してはあまり差がないとは思うけれど、ブッシュが大統領を続けるのはおぞましい。「はだかの王様」を思い出す。
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暗いニュースリンク には、反戦活動で有罪とされ、先ほど収監された89歳の米国女性についての記事 「デプフォードの89歳女性、イラク戦争反対運動で刑務所に収監」 。フィラデルフィアの連邦ビルに座り込みをして、有罪となったのだが、罰金か懲役かという選択で、懲役を選んだ。彼女が言った言葉は、
「もし支払われた罰金で、イラクの子供達に安全な水を提供してくれるなら、もしくは孫達の戦争費用に伴う税負担を減らすことができるなら、罰金を払いますよ」
非暴力を貫く生き方をするこの女性に、背中を押してくれる力を感じる。
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イラクの病院への医療品援助を始めたジャラール家( この医療援助への寄付についての文章 )の次男ハリードさんが書いた文章──この医療援助の発端となったブログ──が邦訳された。
ラマダーンの穏やかな時間を破るように家の近くで大きな爆発があり、家中のガラスが壊れたことから書き始めている文章で、この爆発跡地でハリードさんは血の付いた米軍のヘルメットをみつけて持ち帰っている。
「気の毒に,と思いました。1000マイル離れたどこかで,ひとりの妻が夫を失った,ひとりの子供が親を失った。ガールフレンドが,親友が,たくさんの人たちが,愛する人を失った。そして彼らは,そのことを知りもしない。
次の瞬間,僕は,この人は占領軍の一員だということを思いました。今もまだ僕の同胞たちを毎日殺している軍の一員なのだ,と。
(中略)
しかしその時,僕は思ったのです――彼は多分ここにいたくなかったのではないか,僕が彼にここにいてほしくないと思うのと同程度に。もしも彼がもっといい仕事を見つけていたら,もしも彼が奨学金を得る別の方法を見つけていたら,米国永住権を得る別の方法を見つけていたら……彼はここには来ていなかったに違いない。:( 」
長くはない文章なので、たくさんの人に読んでもらいたいと思う。
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さて、そのハリードさんら兄弟の母・ファイーザさんも同じ爆発のことを書いている。それから、実の兄(お医者さん)が暗殺の恐れがあるためにイラクから出ていくことなど。こちらは長い文章(よくぞ、訳してくれました!)だけれど、ひとりのイラク女性が感じているこの思いをたくさんの人と分かち合いたい。
イラクを出ていく兄の連れ合いと家を貸してもらう話をしにいったときの帰り道での描写……
「私たちの人生のことを思い出しました。困難で残酷なものとなってしまった私たちの人生を。家族も友人も,ひとりまたひとりといなくなってしまう……私たちの人生から出て行ってしまう……まるで乾いた砂漠のようになってしまう……家族もなく,親戚もなく,友人もなく……たがいの間に愛情も愛着も慈悲もなく。こういった美しいもののない人生にどんな意味が?」
もうすぐ出ていくかもしれない自宅を見回った後で……
「人の人生は,思い出なしでは無意味なものです……辛い思い出であれ,楽しい思い出であれ。私はすべての思い出をずっと持ってゆきたい。私たちを過去とつなぐもの……未来へも私たちとともに行くもの。」
こう書くファイーザにいつか会いに行きたい。そういう思いが募ってきた。


