2007.04.19
本:『何も起こりはしなかった』─劇の言葉、政治の言葉 より
雨宮処凛(かりん)さんの『生きさせろ! ─難民化する若者たち』を少し前に読み(これについては、近々書きたい)、それに続いてハロルド・ピンターの『何も起こりはしなかった』(集英社新書)を読み終えた。これが胸がすくような言葉に満ちていて、本のほとんどを引用したくなってしまう。
まずは2005年のノーベル文学賞受賞記念講演「藝術・真実・政治」から。
「これらの国々では、何十万もの人々が死にました。本当に死んだのでしょうか。そして、それはすべてアメリカの外交政策のせいだったのでしょうか。答えは、そう、人々は本当に死んだ、そしてそれはアメリカの外交政策のせいだというものです。しかし、そうは見えないのです。
そんなことは起こらなかった、何も起こりはしなかったのです。実際に起こっていた時にも、それは起こっていなかったのです。……アメリカ合衆国の犯罪は、系統的で恒常的で邪悪で容赦のないものでしたが、実際にそれを問題にしたひとはほとんどいません。アメリカには脱帽せねばなりません。それは普遍的な善の味方を装いながら、世界的規模において権力をきわめて冷徹に行使してきたのです。それは明敏な、機知さえ感じられるほどの催眠行為で、みごとな成功を収めています。」
(戦後、世界で生まれた右翼軍事独裁政権をアメリカが支持し、その結果、インドネシア、ギリシア、ウルグアイ、ブラジル、パラグアイ、ハイチ、トルコ、フィリピン、グアテマラ、エルサルバドル、チリなどで何十万の人が殺されたことに関して)
劇を見たことも、戯曲も読んだことのないピンターの本を手に取ったのは、ノーベル賞受賞講演のことが気になっていて、それが収録されていたからだ。その中に( 私も一度引用したことのある )パブロ・ネルーダの詩「そのわけを話そう」が引用されているのを見た瞬間、買うのを決めてしまった。
(この詩を引用した理由をピンターは「市民に対する爆撃をこれほど力強く、腹の底をえぐるように描写した現代詩の作品を私は読んだことがない」と言っている)。
このノーベル賞受賞講演は、かなりの部分をニカラグアで米国がやってきたこと──長年、独裁政権を支援し、それを倒したサンディニスタ政権を打倒した──ことにあてられている。ピンターの他の政治発言と同様、そこには特別新しい発見があるわけではない。けれど、ピンターが語るニカラグアの歴史は、とてもシンプルに整理されていて、そして血が通っている。
ニカラグアで米国の支援を受けたコントラによって殺された人たちをピンターはこう表現する。
「……七万五千人の人たちが死んだと推定されています。この人たちはなぜ殺されたのでしょう。この人たちが殺されたのは、もっといい生活がありうるし、それを実現させねばならないと信じていたからです。そう信じることによって、人々は共産主義者と見なされました。この人たちが死んだのは、現状に疑問を投げかけたから──自分たちが生まれながらに与えられた、果てることのない貧困と疾病と汚辱と圧政に苦しむあり方に、疑問を投げかけたからだったのです」
(太字強調は引用者による)
ピンターは米国の犯罪性をノーベル賞受賞講演の中心に据え、イラク攻撃を含んだ米英の戦争犯罪と「嘘の綴れ織り(タペストリー)」について喋った。
読んでいて、「美しい国の私」*でもなく、「曖昧な国の私」*でもなく(*川端、大江のノーベル文学賞受賞講演のタイトルにちなむ)、世界で今、もっとも大きな政治的問題であり、そして大声では語られぬことをストレートに語ったピンターに「突き抜けた人」だけが持つ痛快さを感じた。
この受賞講演は「ガーディアン」には全文掲載されたが、BBCには徹底的に無視されたという(さも、ありなん…)。
今回の新刊は、半分以上をピンターの政治的発言(1987年〜)が占めていて、重複も多いが、その一徹さ、揺るぎなさに感服した。こういう人が知識人、文化人として本当はどこの場所にもいてほしい。
(チョムスキーとも重なるような部分があり、諧謔を含んだトーンの風合いになんとなくユダヤ人なのかなと思ったら、やはりそうだった。「…私はイスラエルという国で起こっていることを支持しないのです。イスラエルで起こっていることは厭わしいと私は思います。この立場ははっきりと表明してきました。ユダヤ人としてではなく、ひとりの市民として、ひとりの人間として」と語っている。イスラエルの核保有を告発したモルデハイ・バヌヌさんの資産被信託人のひとりでもあるという)
1990年にテレビで話したという内容(「おお、スーパーマン」)からの一節。
「(低水準紛争とは)それは、ある国の心臓部に病原体をもちこみ、悪性の細胞が増殖するように仕向け、全身の組織が崩壊するに至らせることを意味しているのです。そうしたうえで、清潔なシャツと洒落たネクタイといういでたちでカメラの前に立ち、民主主義が勝利を収めたと述べるのです。
これは要するに、言葉が芯から病んでおり、終始一貫、偽装や嘘の道具としてしか用いられないということなのです。人間を心身両面において傷つけたり辱めたりするという非道で非情な行為、無数の人間の殺戮──こういうものが、小手先のレトリックや不毛な語法や、腐敗した権力観によって、正当化されているのです。」
まるで、10数年の歳月を飛び越えて、今、語られたような言葉だ。
ピンターが見抜いたとおり、米国もそれに従う世界もずっと変わらないまま、いや、もっと酷い状態になってしまっているから、ピンターの言葉は生きている。
「『世の中はこういうものだ、今さらどうしようもない、それに、ちくしょう、誰も気にしてなんかいない』そうともそうとも、ということになるのだろう。しかし私はこう言いたい──死者たちは今でも私たちをじっと見つめている、そして我々が彼らの殺害にどう関わったかを認めるのを待っている、と。」
ピンターの率直な、物怖じしない発言を読んでいて、私はこういう言葉に触れることがとても大切なのだ、ということを切実に感じた。わかっていても、繰り返し語られなければならない言葉がある。そして、それを怒りとともに、共感しながら読むことで、私の中でひとつの波動が広がっていく。そんな言葉がピンターの言葉には満ちている。
引用は全て『何も起こりはしなかった』ハロルド・ピンター/喜志哲雄訳(集英社新書)より
[追記]07.4.21
ピンターのノーベル賞受賞講演の翻訳が以下のサイトにも掲載されていることを教えてもらいました。
ハロルド・ピンター氏、ノーベル文学賞 受賞演説(全文) [机の上の空 大沼安史の個人新聞]
[ピンターはなんと レイチェル・コリーさんについての芝居が上演中止 されたことについても言及していた。この中止に「慄然」とし、「反対意見や真実に対する抑圧」だと言っている。70歳を過ぎても、多くのことにアンテナを光らせているんだな]


