2007.03.01

[本]『ぼくたちの砦』について

英国の作家、エリザベス・レアードさんが書いたラマッラーを舞台にした児童小説『ぼくたちの砦』(評論社)を読んだ。児童小説といっても、素晴らしい児童小説が皆そうであるように年とは関係なく読める内容だ。10歳くらいの子どもから大人まで。

表紙の画像

主人公のカリームは12歳の少年で、サッカーの世界チャンピオンになるのが夢。「ラインマン」というコンピューターゲームにもはまっている。父母と兄のジャマール、妹たちと西岸のラマッラーに住んでいる。兄をやや疎ましく思い、妹たちを邪険にするが、父や母には面と向かって逆らえない。ごく普通の少年だ。普通でないとすれば、カリームが西岸という占領地に住んでいることだろう。

小説はカリームがふとしたことから新しい友だちを得て、大人たちには秘密の場所を自分たちの手で作り上げようとすることで展開していく。「秘密基地」という誰もが少年/少女のときに夢見る場所。それを自分たちの手で作り上げていく喜び。カリームは何よりも夢中になって、その「砦」づくりに熱中する。

しかし、そこに待ち受けていたものは……。(ネタばれになるので、ここでは書かない)

「あー、こういう男の子、いるいる」「こんな一家も暮らしていそう」

ラッマラーには必ず住んでいるようなごく平凡な一家がこの小説には登場する。ラマッラーというより、自分の町にもいそうな少年が主人公なのだが、だからこそ、主人公たちが生きている占領という日常が、等身大のひとを通して、私たちの前に拡がる。

「居間の壁にかかっているしゃれた振り子時計の針が、ついに六時をさし、それと同時に、待ちに待った戦車のエンジン音が聞こえてきた。玄関のドアを少しだけ開け、みんなが聞き耳をたてるなか、巨大な戦車がゴロゴロと十字路を離れ、丘の下にもどっていった。

髪をジェルでばっちりかためたジャマールが、まっさきに飛びだした。階段を何段もすっとばして駆けおりていく。カリームもすぐあとに続いた。

……顔をなでていく新鮮な空気、髪を吹き抜ける風、走ったりジャンプしたりできる自由。カリームは有頂天だった。……」

外出禁止令が解かれた一瞬を描いたシーンだ。束の間の外出の自由にはじける少年たちがここにいる。

郊外の村に住む祖母たちの家を訪ねたときには、オリーブ摘みにみなで出かける。だが、そこで見たものは……

「……村からこんなに遠くまで来たのは何年ぶりだろう。でも景色は小さいころとおなじはず。谷をへだてた向かいに、石がぽつぽつある丸い丘があり、頂[いただき]近くではヒツジやヤギの群が草を食べていて、その下のスロープぐるりにオリーブの段々畑がある。ところが、いま目の前に広がる景色は、一キロと離れていない丘の頂をとりかこんで、高い塀が張りめぐらされている。塀の手前には、二列の鉄条網で囲まれれた緩衝地帯があり、ポールにつり下げられたライトがずらっと並んでいる。塀の内側には、白い家々が整然と建ちならび、まだ建築が終わっていないあたりには大きなクレーンがそびえ、そのクレーンのてっぺんに、青と白のイスラエルの国旗がはためいている。」

先祖伝来の土地までイスラエルの入植者に踏みにじられている姿だ。

生活の根っこのところで占領軍に鷲掴みにされ、翻弄されながら、それでも生活は続いていく。実際にあったことを組み合わせて書かれたというこのフィクションは、占領と人の生活の絡み合った細部をカリーム少年の目を通して、驚くほどリアルに描いている。

父親が検問所で兵士にみじめな姿をさせられるところなどは、どのパレスチナ人にとっても避けがたい屈辱の体験だが、私たちは12歳のカリーム少年が、新しく体験する占領の事実におののき、そして怒り、なすすべなく苛立つのを通して、占領を体験する。

父親が検問所で拘束されてしまったところでは、妹のシリーンが車から出て、父親のところに行ってしまう。

「『いけない!』カリームが叫んだ。『シリーン! もどれ!』

 思わず、カリームは自分の座席のドアを開け、シリーンをつかまえに走った。大声が聞こえ、シリーンに追いつかないうちに兵士に手首をつかまれ、止められた。

 『なにをするんだ、このパレスチナ人め』兵士はカリームをどなりつけた。

 『妹なんです』カリームはおどおどしながら言った。『まだ四歳の妹。ひとりでドアを開けちゃって、それでぼくが……』

 シリーンが走って引き返してきて、カリームの足に抱きついた。もう一方の手は、兵士の鶯色の軍服のズボンをひっぱっている。

 『ねぇ、おじちゃん』シリーンが言った。『パパをかえしてちょうだい』

 若い兵士は言葉がわからないふりをして、シリーンを見おろした。小さい女の子の手の感触に驚いたのか、どきまぎしている。カリームの腕をつかんでいる指が、ふるえているのが伝わってくる。

 この兵士、こわがっているぞ。どぎもを抜かれたんだ。ぼくたちが襲いかかると思ってるんだ。

 カリームには兵士の恐怖が手に取るようにわかった。……」

というカリーム自身もあとになってから「恐怖が押し寄せてきて、吐きそうに」なっている。(このシーンは占領者と占領されている者の繊細な関係を描いていて、とても印象に残る)。

しかし、どんなに生活が占領の重石をかけられていても、ひとには占領に侵されない自分の領域を持つ。カリーム少年にとっては、それが秘密の基地づくりとなっている。それを考えるだけでワクワクとする夢。小さな成功がまた、次の夢を膨らませる。

そのためにカリームは、恐怖に押しつぶされそうになる試練を体験することになってしまうのだが……。

それでも、この小説は陰々滅々とはしていない。そこには、少年から青年になっていくステップに足をかけ、踏み出していくカリームがいるからだ。

パレスチナ人のなかにある難民への差別的な眼差し、また、経済的な格差もこの小説はとらえていて、パレスチナの社会も透けてみえるようになっている。

カリーム少年とともに、12歳の目線に立って経験する占領のなかの冒険物語。「パレスチナ」を私たちが経験するひとつの案内役となる小説だ。

原題は「A Little Piece of Ground」。これはカリームが守ろうとする自分たちの「砦」のことを指すとともに、パレスチナの比喩にもなっているのだろう。

『ぼくたちの砦』エリザベス・レアード / 石谷尚子訳 (評論社)
●四六判/328ページ●本体1600円●2006年10月刊
ISBN4-566-02402-4


[不条理な状況のなかで、自分でもがきながらなんとかしなければならないというところには、「千と千尋の物語」に通じるようなものも感じました。あの主人公の千尋もカリームと似たような年頃のはず。この年頃の心の震えが小説全体から感じられます]

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■ コメント&トラックバック (4 件)

こんばんは

コメント by :koi

はじめまして。koiと申します。
すばらしい紹介文ですね。私はこの本を半日で読んでしまったので、この本の詳細な描写についてはまだ読み込めてはいません。ビーさんの紹介文を参考にもう一度読んでみようと思っております。
パレスチナのことは全然難しくもなんともないのに、なぜかややこしい宗教問題のように語られています。問題の本質はイスラエルの軍事占領にあるということが、この本でもつかむことができると思います。
私も知り合いにはこの本を薦めています。評論社のHPにも掲載させましたし……
パレスチナは一度関心を持つとはまってしまいます。パレスチナの民衆のしたたかな闘いへの共感と、そして私たち自らに問われる問題の両方について、深く深く考えさせられます。

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2007.03.05 (Mon) 22:01

はじめまして

コメント by :ビー

koiさん、こんにちわ。コメントをありがとうございます。この本について、すぐに反応してくださる方がいて、嬉しいです。非常に見事にパレスチナの置かれた状況を描いているものですよね。主人公の少年のキャラクターもまた魅力的です。映画になったりしないかしら?そんなことも考えています。

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2007.03.06 (Tue) 18:02

この本についての雑感

コメント by :koi

この本は夏の読書感想文の課題図書(高校生の部)になったそうなので、当初は出版社がそれほど宣伝してなかったにもかかわらず堅調な売れ行きなのだそうです。とはいえ、児童書の関係者の反応はいまだに鈍いのではないかという印象を私はもっています。『日本児童文学』5・6月号での「この一年」という昨年出た本の回顧録をみてみましたが、翻訳書ではこの本のことは取りあげられていませんでした。アルゼンチンからの移民のユダヤ人の子とイスラエル国籍のパレスチナ人の子の交流を描いたという児童小説のことは取りあげられていましたが、デボラ・エリスさんの『三つの願い』(パレスチナの子どもたちのインタビュー集)のことも出ていませんでした。『ぼくたちの砦』のほうこそ特筆すべき本かと私は思いましたが、この本がどれほどたいへんな本なのか、という想像力が足らないのではないでしょうか。「朝日」でも児童書としてではなく大人こそ読むべき本として一般書の扱いで書評が載ったことの意味は大きいと思っています。
古田足日さんや早乙女勝元さんら改憲に危機意識をもっていらっしゃる児童文学者の方たちはみな70代なかばくらいになってしまいました。児童文学の世界もノンポリ化していることの現れでしょうか。
パレスチナ問題を正面から受け止めることのできる大人が増えないと、さまざまな戦争の問題とも立ち向かえないと思っています。

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2007.07.14 (Sat) 18:55

Re: この本についての雑感

コメント by :ビー

>koiさん、

児童文学に携わる大人がこの本を受け止められていないということなんでしょうか。それは残念ですね。しかし、課題図書にもなったことだし、とくに知識がなくても、ここに書かれていることをまっすぐに受け止める若い人たちが出てくるのを楽しみにします。同世代のごく普通のパレスチナ人を感じてくれるだけでも嬉しいです。感想文は読んでみたいなぁ。

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2007.08.10 (Fri) 17:20