2005.10.01

歴史のねつ造への挑戦──イスラエルの言説をうち破る 

(この本について、私には適切に書くだけの知識も英語力もかなり足りないというのがわかっているが、書いてみたい。)

イスラエルを擁護するベストセラーを木っ端微塵に粉砕した新刊

" Beyond Chutzpah "--On the Misuse of Anti-Semitism and the Abuse of History By Norman G. Finkelstein

(仮に訳すると「厚かましさを超えて」──反ユダヤ主義の誤用と歴史の悪用」 ノーマン・フィンケルシュタイン)

本表紙写真
"Beyond Chtzpah"表紙 (クリックで拡大 48KB)

イスラエルに関する言説を見ていて頭が痛くなるのは、すでに間違っていると実証されていることがいまだに堂々と垂れ流されていることだ。「イスラエルの歴史家が公文書の中から見つけたんですよ、それは違っているって」と言っても意味なし。

それどころか間違いだらけの酷い本が売れてしまったりする。その好例が"The case for Israel"というハーバード大ロースクールのアラン・ダーショウィッツ教授(Alan Dershowitz)が2003年に出した本だった。O.J.シンプソン事件の弁護団の一員であり、映画「運命の逆転」の原作になったベストセラー"Chutzpah"(フツパ)の作者で、イスラエル政府の強力なサポーターである有名人ダーショウィッツ教授の本は、NYタイムズのベストセラー20に入るほど売れた。

その本の中身がほとんど虚偽であることを実証した新刊が8月末に登場した。それだけならよくあることだ。普通は地味に読まれて終わるのだが、今回の本は違った。注目が大きく集まったところに登場して、その内容で人を圧倒している。その注目が集まった原因を作り出したのは、実は皮肉にも批判を受けたダーショウィッツ本人だった。

執拗な出版妨害

ダーショウィッツの"The case for Israel"は、"The Nation"紙上でアレクサンダー・コッバーンから 剽窃の告発を受け、論争 になった。LAタイムズなどでもコラムを連載しているコッバーン(Alexander Cockburn)は、ダーショウィッツが同書で引用してきたものは、84年に刊行されたジョアン・ピーターズの信用薄い"From Time Immemorial"*から取られたもので、そのことに一切触れていないことを指摘した。このようなテクストの扱いは、ハーバード大では学生に厳しく禁じていることにも触れていた。

* "From Time Immemorial: The Origins of the Arab-Jewish Conflict Over Palestine" by Joan Peters, published in 1984

コッバーンとともにダーショウィッツの本の滅茶苦茶さ加減を批判し続けたのが、今回新刊を出したノーマン・フィンケルシュタインだった。

両親がワルシャワゲットーから収容所に送られて生き残ったというフィンケルシュタインは、メジャーなユダヤ人団体がホロコーストの犠牲者をだしにして集金マシンとなっている状況を 『ホロコースト産業』 に描き出し、物議を醸した米国の政治学者だ。(『ホロコースト産業』はヨーロッパ、特にドイツで非常に売れた)。

米国で力を持っている主流のユダヤ人団体や親イスラエル派からは、「裏切り者」としてフィンケルシュタインは「自虐的ユダヤ人」のレッテルを貼られ、講演会のたびに親イスラエルのユダヤ系学生は抗議行動を起こしている。

このフィンケルシュタインがネットラジオ「デモクラシー・ナウ!」で、 ダーショウィッツと議論を行い 、剽窃のことを指摘したのは、"The case for Israel"が発売されて間もない頃。このときから論戦が始まり、それはどんどん注目を集めていった。

が、俄然、この論戦を盛り上げたのは、フィンケルシュタインがダーショウィッツの本への批判をまとめた新刊を出版するということが発表され、ダーショウィッツが出版妨害を始めたことだった。

なんとダーショウィッツはカリフォルニア州知事をしているシュワルツネッガーに、出版の差し止めを依頼したのだ。というのは、フィンケルシュタインの新刊はカリフォルニア大学出版局から刊行予定だったからだ。

親イスラエルで知られるシュワルツネッガーはしかし首を振らなかった。州知事顧問はダーショウィッツに「学問の自由というものがある」と答えている。

「このようにして「ターミネーター」のスターは、ハーバードの法学者に学問の自由についてのレッスンを与えようとした」

"Chutzpah and free speech" Jon Wiener、LA Times、July 11 2005)

とUCアーヴァイン校のジョン・ウィナー教授は書いている。

さらにダーショウィッツは、カリフォルニア大学出版局(UC Press)そのものへも圧力をかけ始めた。

ダーショウィッツの弁護士たちからカリフォルニア大学出版の代表者、すべての理事たち、出版委員会のメンバーに手紙が届いた。「フィンケルシュタインの新刊はダーショウィッツ氏を中傷しようとする陰謀の一部であり…完全に不正なものだ」として「(こういうものから)抜け出すための唯一の方法は、常時悪巧みを働いているクレーマーとの契約を終わらせることだ」*と書いてあった。

* "Giving Chutzpah New Meaning" (By Jon Wiener、The Nationによる)

出版に漕ぎ着けるまでの15ヶ月に渡り、カリフォルニア大学出版局はダーショウィッツが雇った米国でも有数の弁護士たちから訴訟を起こされる──それに対する出費負担は出版局を破滅させる可能性もあった──脅威にさらされた。

しかし、カリフォルニア大学出版局は屈することはなかった。ただし、普通は外部の専門家2人に草稿を読んでもらうという慣例を変えて、6人の外部の専門家にフィンケルシュタインの新刊の内容を読んでもらった。

さらに法的顧問のアドバイスも受け、フィンケルシュタインとの話し合いで一部、剽窃に関する原稿の部分を削除することにした。

草稿を読んだ外部の高名な専門家たちからは、続々とフィンケルシュタインの新刊を評価し、出版を推す声が寄せられた。オックスフォード大から、ヘブライ大から、ハーバード大から…。

出版までこのような過程は話題を呼び、ダーショウィッツの行為とフィンケルシュタインの新刊の書名"Beyond Chutzpah"は何回も報じられて、注目はますます高まった。そういうなかでこの8月の末にとうとうフィンケルシュタインの新刊はカリフォルニア大学出版局から出版された。

「絶賛」された本

フィンケルシュタインが新著"Beyond Chutzpah"で、徹底的に検証を行ったダーショウィッツの"The case for Israel"は、いったいどういう内容のものであったか。

曰く、パレスチナ人は自らで国を去っていった。曰く、イスラエル建国時にユダヤ人が起こした虐殺はデイル・ヤシーン以外ないが、アラブ人がユダヤ人を虐殺した例は山のようにある。

曰く、イスラエル軍は民間人を故意に狙っていない。曰く、殺された民間人はイスラエル人のほうが多い。イスラエルは拷問をしていない中東で唯一の国だ……等々。

パレスチナ人からみると「またか…」と思える、繰り返されてきた言説だけに満ちているもので、とくにそれ以上の内容はない。

問題はこの本が米国(および英国)のメディアで「絶賛」され、多くの書評に好意的に取り上げられ、ベストセラーと言ってもよい売れ行きを見せたことだった。

「よく探求された」「本質的な」「見事な」「本質を突いた」という形容詞が書評では踊り、「イスラエルとパレスチナの問題をわかろうとしている人には必読」と宣伝された(ワシントンポスト、NYタイムズ、タイムズ、サンデーテレグラフ、エルサレムポストなど)。

米国の知識人に近年これほど絶賛された本も少ないというくらいの「好評」ぶりで、米国の上院、下院のすべての議員、そして国連の代表団にこの本は配られたという。ダーショウィッツはこの本のキャンペーンで多くの大学など教育機関において講演ツアーを行っている。

一つずつ、間違いを実証する

「イスラエル-パレスチナ紛争に関してかつて出版されたもののなかで、最も華々しい学問的な不正」

のひとつがこのダーショウィッツの"The case for Israel"であると公言してはばからないフィンケルシュタインは、待たれていた新刊"Beyond Chutzpah"の核となる部分で、ダーショウィッツの記述の誤りを逐一指摘し、反証を重ねた。

それはイスラエルによって世間に流布され続けてきた「作られた歴史」を全部剥がしていく作業の集大成であり、追放と占領の真実を改めて浮き彫りにすることだ。

ただじつはフィンケルシュタインはアムネスティ・インターナショナルやイスラエルの人権団体などのレポートを丹念に集め、適切に配置しただけにすぎない。

パレスチナ人にとってはわかりきっていることばかりで、今までも言い続けてきたことがほとんどなのだろうが、このような作業を経て紹介されない限り、その実態は世界には届かない。

イスラエルの支援者であるダーショウィッツがはからずも用意してしまった舞台で、フィンケルシュタインの新刊は圧倒的で、説得力がある内容だと大きな評判を呼んでいる。おそらくイスラエルの言説を批判し、実態を暴いたものでは、最も成功した本になるだろう。

学者としての評判ががた落ちになったダーショウィッツは、フィンケルシュタインを「反ユダヤ主義」だと非難しているようだが、この"Beyond Chutzpah"は、「『反ユダヤ主義』のレッテルの悪用」にも1章をさいている。


トンデモ本(か、それに類似するもの)が妙な評価を与えられて流通してしまう政治的構造は日本でも多々あるが、それがここまで木っ端微塵に批判されて、評判になることはほとんどない。

「犠牲者としてのユダヤ人」というイメージやホロコーストを使って、イスラエルが行っていることを正当化することを憎むフィンケルシュタインが何ものも恐れず、ユダヤ人として真実を追究していく姿には鬼気迫るものがある。そのひとつの結実が今回の新刊。

私は正確に読める自信もないが、頑張ってきちんと読んでみたいと思っている。

なお、ダーショウィッツがフィンケルシュタインを中傷するために、彼の母親のことまで持ち出していたことを書いている次の文章の中に、ホロコーストサバイバーの子どもとして生きてきたフィンケルシュタインの核となるものが感じられる: "The Real Issue Is Israel's Human Rights Record:" (A statement by Norman G. Finkelstein upon publication of Beyond Chutzpah)

ダーショウィッツの"The case for Israel"がどのようなぺてんを行っているかは、引用の継ぎ接ぎでまったく文脈を変えてしまう例証をいくつもあげている次のレビューが参考になる。信じられないほど厚顔なことが行われている!

"The Case for Israel, a Critical Review"

参考文献:

BEYOND CHUTZPAH : ON THE MISUSE OF ANTI-SEMITISM AND THE ABUSE OF HISTORY

Giving Chutzpah New Meaning (By Jon Wiener The Nation)

An Interview With Norman Finkelstein

追加07.3.20
このフィンケルスタインの本Beyond Chutzpahの日本語訳が刊行されました!

[新刊]『イスラエル擁護論批判』フィンケルスタイン

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