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2011.11.29

東京周辺訪問記

今、私の心に響いている言葉。

「人生には避けることのできない運命がある。そのための悲しみや苦しみを自他ともに味わわなければならなくても、必然的にそこに行きつくようになるまでは、できる限りの誠意を尽くさなければならない。」1996年『百合子、ダスヴィダーニヤ』(沢部ひとみ 女性文庫 学陽書房)より

この原発人災以降の日本で、ほんの一部の場所を除き、誰をも傷つけない表現はできないと私は悟った。極端な話、「福島から逃げろ」と言えば、福島に残っている人を傷つけ、「福島に残るのもいい」と言えば、福島から避難した人たちを傷つける。そこには簡単な解はない。

今から書くことも、首都圏付近の人たちにはあまり気分のよくないものだろうと思うけれども、関西の人間が久しぶりに行ってみて、何を感じたのかというのを書き留めておくのもよいだろうと思い、書いてみる。選択は限られているけれども、自分でするしかない。(10月に行ったときの話です)。

Part1「うっすらと放射能が蔓延する首都圏滞在」

3年ぶりくらいに東京へ行った。いつものように私にとっては(いささか節電していようとも)ピカピカとやたらまぶしい光だらけの都会だ。そして、人がやたらめったらいる。

皆、早足で歩き、どこからか流れ出してきて、どこかへと過ぎ去っていく。そして、毎日の日常を送っている。それはいつもの上京のときと何もかわらない。

けれども、友人と会ったり、友人宅に泊まって、わずかなサンプルだけれども、首都圏がやはり3月11日以降、関西とは違う生活を送っていることに気づくしかなかった。

たとえば、水道水を使わず、ペットボトルやウォーターサーバーでのミネラルウォーターを使っている(「水の商品化」に反対していた友人でさえ)。私の友人だから、偏りがあるのは確かだけれど、しかし、生活のスタイルを変えてしまっている人が少なくともいるというのは事実だ。関西に住む私は、水道水ライフを今までどおり送っているというのに。

食べ物を買うのも大変だ。産地がどこなのかを友人たちは確かめ、人によっては魚も食べなくなっていた。牛乳も安易に買えない。子どものいる家ならなおさら。本当は子どもたちは新鮮な牛乳をたっぷり飲んでいたはずなのに。

そして、衝撃的なことを聞いた。「ミニホットスポット」という単語がすでに成立していることを友人から教えてもらったのだ。それは町とかではなくて、町の中のある部分だけがとても放射線量が高いところを指すのだそうだ。実際、検索してみたら、「ミニホットスポット」という言葉が出てきた。

ある友人の住む町では、友人がグルーブを作って測定したからわかっているのだけれど、某公園の滑り台の下とか、ある団地の雨樋の下とか、なんと毎時6マイクロシーベルトが測定されたという。オーマイゴッ!私は0.6の聞き間違いじゃないかと思ったが、6なのだ。年間に直すと 6×24×365=52.5ミリシーベルト(!)となる。もちろん、そこに1年中いるわけではないけれど、小さな人にとっては恐ろしい数値だ。なんと、その毎時6マイクロの雨樋の下の泥で、測定前には子どもたちが泥団子を作って遊んでいたという……。なんということか。

この友人は父母のグルーブを作って、市に働きかけているけれども、その市はなんら対策を取ろうとしないという。市営の保育園などでは、測定さえも拒否されたとか。(「ミニホットスポット」については、「船橋市 アンデルセン公園」などで検索してみてください)。

この6マイクロという数値が私に衝撃を与えたのは、読んでいた『ゴーストタウン チェルノブイリを走る』(エレナ・ウラジミーロヴナ・フィラトワ 集英社新書)という怖い本では、今もって「死の町」となっているチェルノブイリ周辺の村や町の空間線量は毎時1マイクロくらいなのだ。(ちなみにこの『ゴーストタウン チェルノブイリを走る』は、カワサキの大型バイクに乗ってチェルノブイリ周辺をガイガーカウンターをお供に走る女性の写真と個性的な文章で構成されていて、読み進めていくうちにどんどんと恐怖が高まっていく。とてもユニークで、オススメなのだけれど、最終章の「冥王の国」まで到ると、背筋が凍るような本だ)。

友人の話を聞くうちに、計れば計るだけ、「ミニホットスポット」が見つかっていくんだろうと推測できた。ガイガーカウンターなしに過ごせば気づかないけれども、まるで地雷原の中にいるようだ。

だが、こうして、特に子どもたちへの影響を考えているような人たちに対する首都圏「世間一般」の視線は、ある部分では冷たいということも友人から教わった。ある友人が言うには、首都圏から避難していった人たちのことを「放射能フリーク」とやゆして呼ぶということがあると聞いた。私は関西で福島県とその近隣から避難してきた人たちだけではなく、意を決して首都圏からも避難してきた人を数多く知っている。その人たちがそんな「放射能好き」みたいな言われ方をされているなんて…。

日本のどこでもたいがい今はそうだろうが、放射性物質の拡散と堆積については、3つの態度が取れる。

1 なかったことにする(わかっていても、気にしていたら「普段」の生活ができないから)

2 存在を気にしていてもどうしていいのかわからず、気にしながら迷いつつ生きる

3 相対的に「安全な」ほうへ避難する(しかし、国も東電もちゃんと責任をとってくれそうもないので、今までの暮らしは捨てるしかない)

この3つの選択肢の中でどれかの態度を知らずに、または意識してとるしかない。どれも本来は考えなくてよかったはずのことだ。このコンフリクトが最も極北まで来ているのが、福島県内のホットスポットであることは間違いないが、首都圏が関西などと違い、とくに1と2の落差が大きいということがわかった。関西は1と2の境目がはっきりせず、3という選択肢はあまり考えられない。そういう意味では危機意識がとても薄い。首都圏はストレスが明らかに高いのだろうなということを思った。

外資系の企業も原発事故以来の対応が国によって違うことを友人は教えてくれた。すぐに本社機能を関西へ移したのは、仏と独の企業。こういうところはメルセデスのように、チャーター便をだして、社員をドイツへ避難させているところもある。また、仏の大手小売業社は、店を閉めていた期間があった。デパートなどに出店している企業だ。日本のデパートは開店しているというのに、その企業のコーナーだけはクローズドされていたそうだ。というのは、店を開けると社員が出かけなければならず、それだけでヒバクリスクを負うからだということによる。反対に英と米の外資系企業はそのままで営業していたらしい(とはいえ、米国政府はフクイチから80キロ圏の避難を最初に呼びかけている)。

チェルノブイリの体験があるかどうか、または政府間の関係にどれだけ左右されているかによるのだろうけれども、この4つの国の対照は興味深かった。不幸な人の話も聞いた。英国系企業に務めているスイス人で、即、関西かどこかへ避難したが、会社はそれを認めてくれず、呼び戻されて、白眼視されたとか。このスイスの人はチェルノブイリ体験があり、心底怖かったという。もう辞表をだしているのかもしれないが。

この上京から帰ってきて、関西のグルーブが文科省の発表によって作ったセシウム降下量マップを見せてもらった。

http://antinuclear-k.com/flier/11110001chiaschi.pdf

今年の3月〜5月までの累積によるものだ。桁が、桁が違ってしまっている!な、なんだ、これは?と私は見ながら思った。本当は間違いだと思いたい。その気持ちはある。でも、これは文科省ですら出している数字だ。風と地形、雨の降り方で、こんなに差が出るなんて。わかっていても、このマップを見ておののいた。東京にいる甥っ子、姪っ子たち、友人の子どもたちは本当は避難させたい。しかし、それもそんなに簡単にはいかないということもわかっている。子どもたちや若い人たちをロシアン・ルーレットに乗せておくことしかできないのだろうか。

関西に戻ってきてから、台湾人の友人に言われた。反原発の活動を熱心にやっている人だ。

「日本人って、みんなで一緒に死ぬのが好きなんですか?」

あー、それ、あるかもしれないなぁ。「散華」などという言葉が使われていたような国だから。心中というのもかなり独特の文化であるし。などと、太平洋戦争のことも考え合わせて思ってしまっていた。

もうすぐ、私はまた上京する予定だ。

Part2 「故郷喪失とディアスポラ人の遺跡遭遇」

東京行きのバスが終点に行き着いて、いきなり「新宿スバルビル前です〜」というアナウンスがあったとき、私はびっくりしてしまった。「え?スバルビル?まだあるの?」。これが「遺跡」との久々の邂逅(かいこう)だった。

確かにスバルビルはあった。その前に降りて、まったく忘れていた過去を思い出した。私は8歳頃から毎週一人で新宿の歯科医に歯の矯正のために通っていた。うちからバスで1本。歯科医はスバルビルの向えにあった。その横には本屋さんがあり、私は歯科医に行くと、その本屋さんでピーナッツブックスを1 冊買っていいことになっていた。いわゆるスヌーピーだ。谷川俊太郎の訳が味わい深かったと思う。その頃、京王プラザはあったかどうか。なかったような気がする。

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2011.11.24

「贈与経済」リックの話ともんでんさんのツバルの話から

リック・タナカ氏のお話し会 の中心は地球総体のエネルギー資源と、そこから発生する私たちの今後の生き方(それを特に指定はしない)だった。その部分は(とても発見が多いのだけど)今はおいておいて、私の心にひっかかったことを書こうと思う。

リックさんは理論家でもあるけれど、実践のほうに力を入れている。農と酪農。でも、「業(なりわい)」ではない。というのは、売らないから。実際の例をあげて、こんな説明をしてくれた。「牛を1年に1頭屠る。すると、120キロくらいの肉がとれるわけ。でも、1年で食べられるのはせいぜい50キロくらい。全部、冷凍しようと思うと、それはそれでとんでもなくエネルギーを使って、冷凍しないとならない。だから、あげちゃうんだ」。

どこにどうあげるのかは分からなかったけど、70キロの牛肉がリックさんの住む300人の村で配られる。そうすると、最初はみんな、何かしら貨幣に換算して、これをもらったから、これくらいリンゴを分けようとかなるんだそうだ。ところが、これをみなでぐるぐるやっていると、もう市場での「貨幣」との価値と、比べるのが面倒くさくなる。で、適当に配分。村で各自が違うものを作っていると、食べ物は貨幣を通さず、ゲットできるようになる。もちろん、生産できない人にも、配分はなされる。べつにモノじゃなくてもよい。みんなが贈与しあうことで、貨幣をほとんど通さない暮らしができあがる。

おぉー、「ギフト・エコノミー(贈与経済)」だ。ここでの「流通」は貨幣を通さない分、らくちんだ

この話を聞いてきて、すぐに想起したのが、長野に住む妹と友人の家の夏の様子だ。あのへんは自宅で家庭菜園をしている家が多い。妹もやっている。しかし、食べきれないほど、できてしまう。というわけで、どこかの家へおすそ分け。だが、どこかの家からもおすそ分けが来る。「○○より」とか書いてなくて、単に玄関前に「置き去り」にされていることのほうが多い。野菜の捨て子か?どこから来たのもわからないので、お礼のしようもない。そうやって、長野の妹や友人宅には野菜が集まってくる。ま、この場合は、同じモノを作っていることが多いので、「きゅうり地獄」とか「ナス地獄」とかが出現してしまうのがちょっと困りもの。いや、大いに困りもの。で、きゅうりやナスのいろんなレシピが開発されていく。妹がきゅうりにつける味噌をベースにしたペーストを出してくれたときには感激の味だった。ちょっとの工夫で変化がついている。なかなか、やるな〜。それも「地獄」でのサバイバルの結果。

さらにスゴイ話に出会った。リックさんのお話し会に参加されて出会った、もんでん奈津代さんのツバルの小さな島での暮らしがあまりに面白いので、即、その場で本を購入させてもらった。その本の噂は聞いていたし、その場にもう読んだ人がいて、すごく的確に紹介してくれたので、お金がないことも忘れて、買ってしもうた。

『子連れ 南の島暮らし   ―南太平洋のゆる〜り子育て体験記』(人文書院)

http://monden.daa.jp/01tuvalu/022notice/022-03.html

これ、子育ての本でもあるし、何よりツバルの離島の文化がすごいのだ。(書名がちょっと私の印象とはずれているなぁ)。読んでいても、どこからどこまでが、誰の所有だか、わからない。子どもたちはその辺で適当にみんな遊んでいる。ときおり、おじいさんやおばあさんが声をかける。子どもたちはいろんな家で寝泊りし、ご飯を食べる。子どもの洋服はみんなで共有だ。人口600人の島。皆が全員を知っている。生産もほとんど共同でしている。ここでは財布はいらない。よそ者であるはずのもんでんさんには、贈与、贈与の嵐だ。みなが楽しそうで、読んでいて、とてもハッピーになる。もちろん、そこで暮らすにはリスクがある。首都である島へ行くのも、いつになるかわからない。2〜3週間くらい、ゆったり待って、船が来るそうだ。たぶん、大病などにかかったら、死ぬ。でも、そんなもんだと皆は思っている。(あまり書くとネタバレになるので、やめておく)。

「トランジション・タウン」とか言わなくても、世界の中にはあるところにはあるもんだ。(そういう暮らしがどんどん侵食されて、欧米風の生き方をしたいと思っている若者が増え、島の暮らしも変わりつつあるらしいけど)。だけど、もうエネルギーを使いたい放題使えない時代がやってきたら、こっちのほうが周回先の「先進」スタイルだ!

この島のおじいさんが言ったことばを(これから読む人には悪いけど)書いてみよう。(本の中で読むと、また、味わいが全然違う)。

「いやぁ。ワシらはよく息子たちに言ったもんだよ。与えて、与えて、あたえつくして生きたら、幸せだって」。

うわぁ、ここで私の涙腺が切れた。これは私がずっと目指してきていて、そして、ほとんど、できてないこと。でも、したいことだ。あぁ、どこまでそこに近づけるだろう?

ジャック・デリダの「贈与」を浅はかな知識で思い出した。デリダは「贈与」とは見返りを何も求めないこととし、それは現実にはあり得ないとした。しかし、デリダは本当はあり得ないとしながらも、それを追い求めていたのではないか。デリダの「友愛」ということも「贈与」とは関係する。

もんでんさんの読みやすいエッセイは、デリダにもインパクトを与えたかもしれない(生きていたらね)。デリダ、君は(タメぐち)ツバルの離島に行ったらよかったのかもしれない

私はほんのわずかだけど、せっせと種を蒔こうと思った。お金や生産物は今の私からは、人に分け与えられない。でも、「何か善きもの」を友人たちから初めて、蒔いていこうと。(そういえば、「散種」という著書もデリダにはあるな)。この「善きもの」とはけして、すべてバラ色なものだけじゃない。世界で虐げられている人、棄民となった人、そういうことも含めて、苦悩ともなり、悲しみや怒りともなるが、みなが境界線を超えて生きていこうとする「知」を集めてつなぐためのものだ。命を守っていくためのものだ。ただの紙切れをネット上で勝手にやりとりして、大金を手に入れる、しかも、エネルギーヅケの人たちには静かに退場してもらうためのものだ。

そして、人からもいっぱい受け取る。それをまた広げていく。

これは私がひとりでまず始める「世界ゆっくり革命宣言」かもしれない。

**以下、余談**

実際、最近の私の交友関係はかなり「贈与経済」で成り立っている。お金のある人が出す。ない人はださない。居酒屋なども行かない。路上やどこかの部屋で、あるものをもちより、ない人はそのままで飲み食いしている。最近はね〜、シンポジウム1000円とかしか書いてない催しとか見るとあまりいい気分がしない。せめて、「事情に応じる」とか「失業者はタダ」とか何か配慮がほしいよね。(かかる経費もわかるけど)。実際、自分もイベントが立て続けにあると、財布事情で行けなかったりする。交通費だってかかるしね。とくに世間に疎い大学のセンセたち、今は非正規でかつかつでくらしている若者が多いんですよ。お金をだしてほしいくらい!(私の友人の大学のセンセたちは、まったく気前がいいので、ホンマ、助けられている。よしよし!「贈与」だ!)

少しずつ復活

長らく休止(冬眠)状態だったこのブログですが、私のウツ病がだいぶよくなってきたので、少しずつ復活させていきます。ナブルス通信のほうはもう少しお待ちください。

気の向くまま、パレスチナのことに関わらず、原発人災が起きている今の日本のことなども書いていこうと思っています。これからもよろしく。(ビ)

2011.11.16

境界を突破しようとしたフリーダム・ライドのパレスチナ人検挙!

【以下、転載ご自由に!】P-navi info(ナブルス通信)

15日にパレスチナの若者たちが、西岸からエルサレムに向かうユダヤ人入植者専用のバスに乗り込みました。(実はこれは単独なら簡単にできる。過去の記事: 「家に帰るのに9時間、でも、テルアビブにはすっと行けちゃった」 http://0000000000.net/p-navi/info/news/200508262033.htm)。

1960年、公民権運動さなかのアメリカで、人種隔離政策に対する抵抗として実践された、フリーダム・ライドの市民的不服従に倣ったものですが、予想どおり検挙されました。なお、このフリーダム・ライターたちの行動はユダヤ人のある人々も応援しています。

動画あり(英語)  http://www.imemc.org/article/62507 http://www.imemc.org/article/62507

現地のマアンニュースなどでは、検挙されたのは6、7人となってますが、まだ、詳細はつかめていません。すでに「連帯と、占領の終了などを訴える」署名が始まっていて、6万人を超えてます。

署名(英語): Today -- Stand with the Freedom Riders http://www.avaaz.org/en/palestine_freedom_riders

この非暴力不服従の運動がもっと広がり、そして、世界がそれをサポートしていけるようにするため、以下の岡真理さんの文章(前日14日に書かれたもの)を転載します。

私からのメッセージはボーダーをなくそう!、なくすために何度でも試みよう、バスの席から動かなかったローザ・パークスさんのように粘ろう!です。もちろん、私自身、この行動を応援し、また自分自身をとりまくいろいろな境界を通り抜けるトライをします。(ビ)

この記事の短縮URL: http://is.gd/KpDHVZ


【転載・転送歓迎】(ブログ上のシステムの問題で改行を入れている箇所あります)

In solidarity with Freedom Riders in Palestine --------------------------------------------------

京都の岡真理です。

自由と平等と人間の尊厳を求める闘いは普遍です。

その闘いの記憶は、歴史の地脈となって、時代を超え、国境を超え、 いつの時代、どこの国であれ、自由と平等のために闘う人々に繋がり、 その滋養となって、歴史の地表に湧きあがります。

明日、11月15日火曜日、パレスチナの若者たちが、西岸からエルサレムに向かうユダヤ人入植者専用のバスに乗り込みます。

50年前の1960年、公民権運動さなかのアメリカで、人種隔離政策に対する 抵抗として実践された、フリーダム・ライドの市民的不服従に倣ったものです。

当時のアメリカ南部では、黒人はバスの後部座席に隔離されていました。 しかし、占領下のパレスチナでは、パレスチナ人はそもそも、ユダヤ人専用バスに乗ることさえ許されていません。そのバスに彼らは乗りこもうとしています。

入植者のバスに乗り込もうとすることは、入植者からの暴力を招き、殺されるかもしれません。アメリカ南部で、白人との平等を求める黒人たちが、KKKによって私刑に処せられていたように。

あるいはイスラエル軍に逮捕され、何カ月、何年も投獄されるかもしれません。

その危険を冒してなお、彼らはこの非暴力不服従の抵抗を実行しようとしています。

それによって、世界の関心を惹起し、イスラエルによるアパルトヘイトの実態を世界に知らしめようとしています。

50年前、平等と尊厳を求めて立ち上がったアメリカ南部の黒人たちの勇気に 鼓舞されて、今、パレスチナで自らの自由と平等と尊厳を勝ち取るために。

アメリカの場合は、合衆国市民であるアフリカ系の人々が、公共交通機関 への平等のアクセスという、白人と平等の待遇を求めてフリーダム・ライドを おこないました。しかし、パレスチナのフリーダム・ライドは、占領という システムそのものに対する闘いです。

それは、凄惨な暴力をもたらすかもしれません。でも、自らの血を流すことなく、自由を手に入れることなどできないということを、彼らは知っています。

どうか、明日、11月15日のパレスチナを注視してください。

そして、不正に抗し、自由と尊厳を求めるパレスチナの人々のその闘いに 連帯してください。

私には夢があります。

パレスチナで、エルサレムで、近い将来、幼いユダヤ人の少年少女が、 幼いパレスチナ人の少年少女と手をとりあって仲睦まじく暮らしていける日が 必ず来ると、そう私は信じています。

明日は、その私たちの夢を現実のものとするための、第1歩です。

参考  Palestinian Freedom Riders to ride settler buses to Jerusalem http://palsolidarity.org/2011/11/palestinian-freedom-riders-to-ride-settler-buses-to-jerusalem/

From the American South to the West Bank: A Freedom Rider Bears Witness to Human Rights in Israel/Palestine http://jewschool.com/2011/11/08/27266/from-the-american-south-to-the-west-bank-a-freedom-rider-bears-witness-to-human-rightsin-israelpalestine/

Palestinian Freedom Rides echo the Civil Rights Movement http://www.alternativenews.org/english/index.php/topics/news/3888-freedom-rides

転載ここまで。

2011.11.10

橋下知事とイスラエル

あんまり、好きじゃないけど、中島岳志という人のこんな文章を読んだ。

橋下徹の言論テクニックを解剖する

いやぁ、これ、まさにイスラエルがやり続けてきたこと!

本当ならすぐに見抜けるのに、けっこう騙される人が多いんだよねぇ。

ちょっとだけ、引用。

「橋下氏は、はじめにハードルを高く設定した提案を掲げます。もちろん、この提案の中には「譲歩できるもの」と「譲歩できないもの」が含まれています。
 突然、提案を突き付けられた利害関係者は、当然反発します。そして、橋下氏が提示した提案に依拠しながら、問題点を列挙し抵抗します。  しかし、この時点ですでに勝負は決しています。それは橋下氏の舞台に乗ってしまっているからです。橋下氏の提案に基づいて交渉がスタートさせることこそが、彼の「交渉テクニック」だからです。
 橋下氏は、ここから「譲歩できるもの」のカードを切っていきます。そして、このカードの付与によって「仮装の利益」を分配していきます。「実際には存在しないレトリックによる利益」のため、橋下氏側にダメージはありません。「譲歩の演出」によって相手が利益を得たと錯覚させることが目的であり、この錯覚を駆使することによって「本当の利益」を獲得していくのです。
 結果、相手はあたかも「利益を得たかのような感覚」を持ちながら、実際は重要なものを損なっているという結果が生じます。これが、橋下氏が繰り返し用いる政治手法です。 」

アラファトたち、PLO幹部は気付けなかったのかな?ところで、こんなのはハシゲじゃなくても、やるから、みなさん、きをつけましょう。次回の分析にも期待。

2011.10.30

映画『ガザを飛ぶブタ』

うわぁ、東京からこんな映画のニュースが入ってきたよ〜。

映画『ガザを飛ぶブタ』

[today's news from UK+]

この紹介文を読む限り、超見たい〜、絶対見たい〜!(でも、地方住まいだと無理なんかなぁ…)ぜひ、この紹介文を読んでみてください。

で、自分でここに書いてない気がするけど、この紹介文に登場するイスラエル映画『迷子の警察音楽隊』は意外とレンタル屋にあります。これは本当のところを理解するのが難しい映画(単なるアラブ人とイスラエル人の交流ほのぼの映画じゃない)ですが、表面的にも観ることはできます。じつは全然エジプト訛りのアラビア語じゃなかったりするらしいけど、ま、そこはしょうがないですね。そのうち、この『迷子の警察音楽隊』について書きたいなぁ。

2011.10.06

リック・タナカの面白くてタメになる原発・地球エネルギー話@首都圏近郊(終了・報告等追加)

「リック・タナカ」って誰?と思われる方、実はこことは深い関係です。そう、「ナブルス通信」のメイン翻訳者のひとりとして、通信を支えてきてくれた人です。イスラエルによる「隔離壁」の建設が始まった頃でしょうか、リックがメールでパレスチナに行けるものなら、座り込んでオリーブの切り倒されるのを防ぎたい、と伝えてきたことが忘れられません。リックは南半球に住んでいるため、私は2004年に初めて会い、リックがパレスチナのことだけに興味があるんじゃないと知りました。実に多様にいろんなことを考え、農や酪農(?)などをやっている。その時、リックと話をした友人が、リックさんの話は面白い、これを人に聞いてもらいたいと熱望しました。

しかし、飛行機に乗るのも(新幹線に乗るのも)嫌いなリックが来日する機会はまったく訪れませんでした。ところが、1980年に原発が26基ある日本を嫌がって、南半球へ渡ったリックですが、なんと事情があって3.11の前に日本に来ていたのです!(なんたる皮肉!)

そして、関西に個人的な事情で来るのをつかまえて、友人と2人でお互いの友人だけにお知らせをして、「リック・タナカとお話しする会」を急遽開きました(9.15)。それが大反響!!原発と脱原発のことから地球の総エネルギーや、食糧問題まで、データが頭に入っていて、わかりやすくどんどん話をしてくれる。多様な人が集まり、それぞれに自分の思考を刺激されたようでした。「もっと聞きたい」「人にも伝えたい」「友人にも聞いてもらいたい」と、またリックが関西に来なければならない緊急の日程の中で、もう少し広く宣伝して、主催3人で第二弾が10.2に行われました(情報がいかなかった人、ごめんなさい)。

で、首都圏付近の友人にも紹介して、お話し会をやってくれないかと尋ねてみたら、3ヶ所での開催が決まりました。もうすぐですが。どこもキャパがあまり多くないので、そこが心配ですが、それぞれの条件を見て、予約するなり、参加してみてください。私としては、絶対に面白い!と断言。(末尾に関西第二弾の感想もつけておきます。時間がなかったので、数がすくないですが)

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2011.09.24

パレスチナ人の自決権を破壊する占領企業への投資に「NO」の声を!

緊急ですが、転載します。どうか、ご協力を!

【転送・転載大歓迎!】

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 ★☆ 緊急!! 48時間署名 ☆★

 パレスチナ人の自決権を破壊する占領企業への投資に「NO」の声を!

  http://palestine-forum.org/doc/2011/0924.html

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イスラエル経済紙「グローブズ」の報道によると、株式会社クラシックという切花輸入会社が、違法入植地ビジネスに手を染めてきたアグレスコ社を他のイスラエル企業と共同で買収しようとしています。

http://www.globes.co.il/serveen/globes/docview.asp?did=1000684914

パレスチナ人の自決権は、アメリカによってあらためて拒否されようとしていますが、その可能性を具体的に破壊し続けているのが、イスラエルの入植地です。

以下の要請文に賛同される方は、

palestine.forum[at]gmail.com (パレスチナの平和を考える会)まで、

(1)名前

(2)所属・肩書(○○市在住、などでも構いません)

(3)ウェブ等での公開(可・不可)

をお伝えください。団体としての署名も歓迎です。

契約が間近に迫っているということなので、9月25日(日)24:00には、

署名受付を締め切り、会社宛にメールで送ります。

また、余裕のある方は、ぜひ直接抗議の声を届けてください:

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2011.08.31

「3.11以後に見る表現 古居みずえさん監督「ぼくたちは見た」」

以下、転送されてきたメールを転載します。


(首都圏の方、ご容赦ください。これから紹介する映画は渋谷、ユーロスペースで9月2日までです。しかも、モーニングショーのみ。もっと早く書ければよかったのですが、自分が地方住まいの悲しさでまだ見ていないもので。しかし、首都圏でまた上映もあるかもしれませんし、自主上映もそのうち始まると思います)

***以下、転送歓迎***

ジャーナリスト古居みずえさんによるドキュメンタリー映画「ぼくたちは見たーガザ・サムニ家の子どもたちー」が公開されました(古居さんの第2作目。第1作目「ガーダ パレスチナの詩」も大傑作。石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞受賞)。2008〜9年のガザ大侵攻の際にとんでもない悲劇に見舞われた子どもたちを追った作品です。

これだけでしたら、パレスチナに興味ある人だけに情報を送ったでしょう。

ところが、東京で見た友人たちから少しずつ情報が入ってきました。

(ほとんどパレスチナ関係に造詣のない友人):「ものすごく重かった。とにかく凄いの一言に尽きる。多くの人に見て欲しい」……この友人との会話で、私はこの映画は「これは生きることを考える映画ではないか」と思いました。

(中東全般に詳しい友人、映画評にいつも共感する人):「簡単には言葉が出て来ないのよ。感動したとかも言えない。パレスチナとかイスラエルとかいう枠も超えている。圧倒的ですごい映画。3.11以降の私たちが見ることの意味があると思う。避難者のお母さんたちにもぜひ見てもらいたい」

撮影されたのは、もちろん、3.11以前です。しかし、奇しくも「ある偶然」が起こったのではないかと思います。映されている子どもたちは、鉄の壁で囲われている封鎖された空間にいます。そして、まったく自分たちとは関係のないことで、不条理で悲惨な目に遭います。逃げることができない状況で、傷つけられます。その子どもたちを古居さんは子どもの目線に近づき、追います。そこには過酷な状況があります。しかし、古居さんはさらに子どもたちを追いました(カメラの攻撃性というものも意識しつつ)。人数には還元されない、子どもたちひとりひとりの顔と言葉がそこにはあります。時間をおいて、またカメラを向けたとき、子どもたちは変化を見せていました。癒しにはならないかもしれませんが、そこには「生きていく子どもたち」という希望の芽生えのようなものが見えるのではないかと私は推測しています。

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2011.07.27

オスロでのテロ事件 イスラエルでの反応

日本は問題山積みで、オスロのテロ事件について話題になりにくいのはわかるけど、(TVは見てない)もう少し大きく報道してもいいんじゃないか?(最初はBBCなども、イスラム過激派のテロなどとしたり顔で解説していたようだ。BBCが「夕刊フジ」以下という有様)。

毎日によると、「ノルウェー連続テロ事件でテロなどの疑いで逮捕されたアンネシュ・ブレイビク容疑者(32)は25日、オスロ地裁に出廷、爆破テロと銃乱射の犯行を認めた一方、無罪を主張した。さらに「二つの細胞組織と協力して行った」と共犯がいることを主張した。警察当局は単独犯との見方を示していた。動機は「イスラム教徒の侵略からノルウェーと西欧を守るため」で、移民導入を進めた労働党の「将来の党員募集を阻害するため」に、若者を殺したと説明した。」

一人(複数説あり)で、ビル爆破と銃乱射を行い、1日で合計76人を殺害。銃で殺されたのは労働党(ノルウェーでの支持率63%)のキャンプに来ていた青年ら。その中にはノルウェーがパレスチナ国家承認を早く認めることを主張していたグループもいた(ノルウェーはその方向に向かっている)。

この容疑者は「連続テロを行ったのは「できるだけ多くの人間を殺害して、誤解のない強いメッセージを受け取れるようにする」ためと主張した。その目的は、イスラム教徒がノルウェーや西欧を「植民地化」することに反対するためだと述べた。」という。

(きゃぁ、「植民地化」だって。まるで、ざいとく会が先鋭化して、テロに走ったというような感じだ)。

さらにこの容疑者が書いた「「2083 欧州独立宣言」と題された文書は1514ページ。筆者は「02年にロンドンで再結成したテンプル騎士団」の指揮官を自称、「多文化主義者」らに対する「武装闘争の時が来た」と宣言。「私は第二次世界大戦以降、最大の(ナチの)怪物との烙印(らくいん)を押されるだろう」と自身をナチスドイツのヒトラーになぞらえ、銃を構えるなどポーズを取った容疑者の写真を載せている。」

<ノルウェーテロ>動機は「イスラム侵略から守るため」

ノルウェーテロ:09年から周到に準備…ネット文書に記述

ノルウェーテロ:イスラム圏で西側報道に反発

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さて、この事件に対するイスラエル人の反応をちょっと見てみた。(ハアレツ紙のみなので偏りがあるだろうが)。かなり混乱が生じているのがよくわかった。自分たちは「ナチ」を容認できない。しかし、イスラムはイヤだ、テロリストだ、というわけで、様々な矛盾に満ちた反応が出ている。この事件へのコメント欄から。

かなり多いのが、「この男はキリスト教原理主義者で、気が狂っている」と片付けるもの(ハアレツ自体の論調もそんな感じ)。……いや、そんなキリスト教原理主義者(特に米国)があなたたちの国をかなり支えているんですよ〜。

「いや、彼は狂ってない。政治的な犯行だ」という反論もちらほら。

大胆に「He was a neo-liberal Zionist who praised Israel. 」(彼はイスラエルを讃えるネオリベ・シオニストだった)なんて意見もあり、わりと支持を受けている。

「おいらたちも続こう!」なんてのもある。「テロリストはムスリムテロリストの手法を使った」とかも。……君たちの国の爆撃はどうなってんの?無差別に人を殺しているよ。

容疑者の背景がわかっても、「こいつはムスリムテロリストだ」と言い張る人もいる。「なぜなら、99%のテロがムスリムによるものだから」と書いているが、さすがにこれは多くの反論を引き出している。

「一番ひどいレイシズムは西欧から出てくる」みたいのもあったな。……これは歴史的にはユダヤ人やロマの人々がヨーロッパで迫害されてきた事実ではある。が、この間、君たちの国会で次々と成立した差別丸だしの、非シオニスト迫害の最悪な法律の数々は何?

一番、私の興味を惹いたのは「 Jews used to be associated with multiculturalism, liberalism, left, multiculturalism before. Now they are more of right wing, anti-immigrant, racist, anti-islam.... Not a good transformation.... 」(かつてユダヤ人は多文化主義やリベラリズムや左翼と結びついてやってきた。今や彼らは右派以外の何ものでもなく、反移民、レイシスト、反イスラムと、よくない変化を起こしている)というもの。Mosheと名乗る人がコメントしている。意外とこのコメントは支持率が高い。 (訳は私の超訳) Norway terror suspect attacked Islam, multiculturalism online

ハアレツ紙というのは、日本で言うと(私の理解では)朝日新聞みたいなもんだから(シオニスト左派のある程度のインテリが読むような新聞)、あまり一般のイスラエル人の声を反映しているとは思えないが、それでも混乱しているのはよくわかる。

某所にはこんな翻訳も上がっていた。

「テロ攻撃に直面してこの病める歓喜」 2011年07月25日月曜日 Yossi Gurvitz

そこからの引用:「インターネットサイトのコメント欄は、恐怖と悲しみの表現で満たされたのではなく、ムスリムとイスラームへの悪意に満ちた攻撃と、奇妙で恐ろしい類いの歓喜で満たされたのだった。実際、殺人者がAnders Breivikと判明してさえ、イスラエルのウェブサイトにコメントした読者の多くが彼の行為を正当化した。」

とある。こちらだけを信用するのはまずいと思う。ネトウヨ君はイスラエルにもたくさんいるだろうから。ハアレツのコメントと、このネットでの歓喜と、そのどちらもイスラエルの姿であり、それが拮抗しつつ、全体には右傾化を強めているのがイスラエルの現在なんだろうと推測する。(でも、自分たちがテロに遭ったら、差別を受けたら、大騒ぎし、嘆き悲しむ姿をガンガンに報道するのだから、オスロの死者へも思いを馳せてほしい)。

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